群青の隘路に

喚き散らかす

僕達は同じ月を見ている

 書きたい記事を溜めに溜め続けて気が付けばもう新年度です。生活が一変するというのに結局間に合いませんでした。また四月以降もぽつぽつ、昨年度の思い出をしばらく綴っていこうと思います。

 さて、『おそ松さん』24話の感想です。正直最終回をもう見てしまっているので、これから書くことは全部妄言なのですが……まあ、これまでも基本的にはこじつけと妄想で出来た信憑性ゼロの内容だったのでいいか。最終回を見ていない体で、ずらずら妄言を並べていきたいと思います。

【Aパート:トト子大あわて】

 久々のトト子ちゃんメイン回。骨組みは以下の通りです。

・赤塚台のアイドルとしてちやほやされてきたトト子。しかし自分は所詮「町一番」の器量よしでしかないことを思い知る

・その上立て続けに同世代の女達が結婚・出産をしていく。トト子はこれまで知らなかった嫉妬という感情を知り、自分の置かれた状況を把握。婚活を始める

・紆余曲折の果てに石油王との結婚を果たすも、彼に「魚臭い」と拒絶され激怒。婚活を諦め、トト子は語学留学へ

 私は六つ子を自分と同い年だと思っていて、つまりそれはトト子ちゃんも同い年であるということなのですが、そのせいか、凄く胸に突き刺さる話だったなあと思いました。女の幸せが結婚にあり、男の扶助の上に成り立っているという描き方に関しては、もう触れないことにしておきます。ミソジニーあっての松だ。私はそれを分かった上で見ていますし、というかトト子ちゃんも大概男=金という見方を隠していない時点で大分ミサンドリーの気のあるキャラクターだし。もう毎回突っ込むのも無粋かあ、と思ったので。

 昔から美少女であるという取り柄一つで生きてきたトト子ちゃん。作中でモブに言われたように、「中身がスカスカなまま生きてきてしまった」キャラクターであるというのは間違いないと思います。というか下手したら六つ子、特におそ松より、彼女は「ヒロイン」というキャラクターのまま大人にさせられてしまった哀れさがある。主人公達に愛される、高飛車の許される女王様。幼少期の頃には可愛げがあった我が儘も、二十代にもなれば性悪でしかありません。それでもこれまでトト子ちゃんはその生き方に疑問を持たなかったし、愚かな六つ子達の上に君臨するヒロインとして最高の働きをしていたと思います。ヒロインとして生かされてきたことを、誇っているようにさえ思えた。自分の生き方を貫いているとさえ思った。私は創作物に置いて女帝信仰を持っていて、美女はその美しさを担保に全てを許されて傲慢であるべきだと考えています。だからトト子ちゃんのようなキャラクターは理想でした。けれど、彼女は気付いてしまった。六つ子が回を追うごとに成長していくように、トト子ちゃんもまた、自分の置かれた平成という時代を思い知ってしまった。まあこれだけ美しい人で、そしてその美しさを自認しているのなら、世間一般の思う幸せを追い求めなくても……とは思うのですが。それはやっぱり、彼女の権力が赤塚台に限定されていることが大きいのかな。冒頭で素人呼ばわりされたことが、明確な格付けだったのでしょう。しかしトト子ちゃんの周りの女達もそれぞれでしたね。冷めた感じのやり取りをにゃーちゃんとするところとかすごく興奮しました。魚と猫だから何かしら絡んでくれないかなとは思っていましたが……まさか麻雀回の新聞記事がフラグになっているとは。地下アイドルに見切りをつけて結婚を選んだにゃーちゃん、ブスだけど子供を産んだり家を買ったりと人並みの幸せを掴んでいる同級生。トト子ちゃんの周りの女達は、びっくりするほどトト子ちゃんを焦らせるのが上手な立ち位置にいる。悪気なく。同じ女だからこそ分かるし胸が痛かったです。私は四年制大学に通っていたから今はまだ結婚とか言われてもピンときませんが、高卒で社会に出た子なんかはもう結婚していたりする。中学時代の友人には子供を産んだらしい子もいる。トト子ちゃんはおそらく大学には通っていないでしょうから、そういう周りの同世代に対する焦りもひとしおなんじゃないかな。

 でも彼女の凄いところは、「自分は今ヤバい」と自覚してからすぐに行動を起こせたところだと思います。まあライジング半端ないミサンドリーをぶちまけてはいましたが、どこまでも自分に素直になって、婚活を始めることが出来た。私はこれ、凄いことだと思います。結果的に破局はしましたが、諦めなかったからこそ石油王とも結婚出来たわけですし。そして失敗したからこそ、婚活は一回置いておいて別ベクトルから努力をしようと思えたわけですし。トト子ちゃんはとことん自分を曲げない女で、そして曲げないからこそ失敗をして、しかしそこから腐ることなく次の方法を実践出来る。彼女は強い女だと思うし、絶対真似出来ない魅力的な生き方をしていると思う。トト子ちゃんはきっとどんな末路を辿ったとしても、自分がやってきたことを後悔しながら死んでいくようなタマではないなと思いました。最後には胸を張って、あるいはやり残した更なる強欲を夢見て眠りにつく。世知辛い現実の中で、トト子ちゃんの強さが私にはひたすら眩しいです。あんな風にガツガツ生きられたらどんなに幸せだろう。結婚もやりたいことも両立出来る人間なんて実は一握りで、そしてその覚悟は早いうちに決めておかなくちゃいけないものなんじゃないのかな。それもないままにつき進めるトト子ちゃんが、私はとても羨ましいと思いました。

 あとトト子ちゃんの為にどこまでも馬鹿になれる六つ子が愛しくて可愛かったし、そんな六つ子を一人一人として認識しているトト子ちゃんにも萌えました。彼女は多分六つ子とは結ばれないと思うけど、結ばれないからこそ、いつまでも六つ子のアイドルであってほしいし幸せになってほしいなあ。

 

【Bパート:手紙】

 問題のBパートです。骨組みは以下の通り。

・就職を決めて家を出ることになったチョロ松。お祝いムードの中で、おそ松だけが喜んでやることが出来ない。はしゃぐ十四松に怒鳴ったりと、険悪な空気を持ち込んでしまう

・ぎくしゃくしだす家の中。次にトド松、カラ松、十四松が順番に家を出ていき、最後は一松も家を出ていくことになる

・自立を試みる弟達に何も言えない真顔のおそ松。そんな彼の元に、一通の手紙が届く

 いやほんとこれ見た時はしばらく何も言えなかったしどうしていいか分かりませんでした。5話とか9話のテンションに似ている。次回最終回だっていうのに何でこんなシリアスで続き物にしたの? とただただ呆然としました。まあ内容も辛かったんですけど、何より最終回の内容次第では二期がないのでは、ということが一番辛かった。まあ最終回を見た今となってはそんな気持ちも遠い昔のようなのですが、とにかく視聴直後はしばらく何も言えませんでした。テレビの前でただ震えていることしか出来なかった。

 23話の感想の折、私は六つ子が成長して回帰するということを述べました。その時、意図的におそ松には触れなかったとも言いました。24話があったからです。私はこの話を見て、やっと松野おそ松というキャラクターのことが少しだけ分かったような気がします。彼だけは成長出来ないんですよ、回帰出来ないんですよ。何故なら『おそ松くん』のおそ松のまま大人になった姿を、あまりに上手に演じてしまったから。思い描いたキャラクター像にブレがないんです。だから他の弟達のように失敗したり気付いたりすることもなく、そしてそれが回帰へと修正されることもない。彼は今も昔もずっと、「六つ子の中心」という人格しか持っていないんです。一人っ子になりたいと願いながら、しかしその自我も存在証明も、六つ子に依拠しなければ成り立たない。兄弟を五人の敵と称しながら、しかし誰よりも兄弟を必要としていたのは、おそ松だったんじゃないかなと思います。だからチョロ松の門出を祝えない。大人になっちゃって就職なんかしなくちゃいけなくて、でも俺達あの天下の六つ子だったのに、世知辛いねえやだやだ、働きたくなーい! そうやって駄々を捏ねてさえいればおそ松はそれでよかったんです。だって小学六年生メンタルのまま育ったって設定なんだから。なのに元相棒たるチョロ松がよりにもよって最初に就職なんかしちゃって、家から出ていくだなんて言う。祝えるはずないじゃないですか。喜べるはずないじゃないですか。小学六年生メンタルのままとはいえ、おそ松も大人になりました。それなりに長男としての在り方を考えることもあったし、兄貴として振る舞うこともあった。そんな彼が家族みんな浮かれモードの中で、「やだよチョロ松就職なんてしないで」なんて言えるはずないじゃないですか。感情の折り合いもつけられないまま彼はあの宴席に臨んで、そして、末の弟二人に当たってしまった。

 チョロ松を思って長男に立ち向かい、青あざを可愛い顔に作りながらも一人暮らしを決断した末っ子のトド松。震えながら夜のトイレに一人向かうのも、寂しくなっても家に戻らないのも堪らなかったです。暴走するおそ松を諌めて弟を代表して殴り、家を出ていく描写をあえてせずにチビ太の元を訪れたカラ松。元相棒の「僕達は一緒にいない方がいい」という言葉を真摯に受け止めて、このままじゃ自分が駄目になると頭を下げたのはすごく格好良かった。板についてしまったピエロの仮面を必死に剥いで、アルバイトを始めた十四松。バイト先で見せた不安そうな顔が、彼の本来の気弱さの表れだと思うと涙が出ます。兄弟皆がいるから友達なんていらない、そう暴露した一松は、行き場もないまま家を出ます。きっと兄弟が選んだ自立という流れの中で、自分だけが癒着していられないと思ったのでしょう。クリスマスの折のカップルに助けられるなど、人とのやり取りが出来ました。そしてチョロ松。慣れない仕事に奔走しながら、やっぱり家族の、おそ松のことを思っている。皆思い思いに離れる道を選んで、けれど同じ時、同じ兄弟のことを思っていました。語学留学から戻ってもなお変化出来なかったトト子ちゃんの誘いさえ断ってしまった、おそ松もまた。

 とにかく凄いとしか言えなかった。ただ涙を堪えることしか出来ませんでした。私、こいつらが自立するのは親にもしものことがあった時だとばかり思っていたから。一人が抜けたら芋づる式に離れるだなんて思いもしなかった。最終回目前で、まさかこんなものが見られるだなんて思ってもいませんでしたよ。アダルトチルドレン共依存と癒着、家庭内カーストの変動、そして自立への自発的乖離。私が見ていたのはギャグアニメじゃなかったのか? 思うところがあり過ぎて書ききれないし、それとは別にキャラそれぞれに「アッ萌えシコ」と思うところもあったのに今は言葉に出せません。最終回見ちゃったから上記全部駄文ですけれど、しかし最終回見るまでは本当に、ただただ彼らの行きつく先がどうなるのか不安しかありませんでした。今回は主人公とヒロインという物語のメインキャラ二人が、「拠り所を失った」回だったなあと思います。Bパートのおそ松とトト子ちゃんのくだりもすごく好きです。トト子ちゃんが傷の舐めあいを所望したことも、しかしおそ松がそれを受け取れなかったことも、この回で得た二人なりの変化だったと思う。イヤミがチョロ松を車で送る際に言った「人間は変われない生き物ザンス。希望は捨ててちょーよ」って台詞は、くんの頃から変われないおそ松とトト子ちゃんと、そしてイヤミ自身のことも入ってるんじゃないかなあ。

 

 さあ次は最終回ですね。視聴直後の気持ちになってこの記事を上げましたけれど、多分次の感想更新の時に全部ひっくり返すと思います。また落ち着いたら感想文上げます。