群青の隘路に

喚き散らかす

アダルトチルドレン作品として見る『おそ松さん』

 以前ぷらいべったに載せていたものをこちらにお引っ越ししました。ゼミの友人と語らった議事録です。

***

0.はじめに

 この文章は2015年10月より深夜帯で放送しているアニメ『おそ松さん』について、「この物語はアダルトチルドレンの青年たちを描いたものなのではないか?」という仮説の下、こじつけにこじつけを重ねた結果出来た考察(という名の雑文)になります。文芸創作・作品批評を主としてきたゼミナールの四年女子二名による、気が狂っているとしか思えない八時間耐久議論をまとめた自己満足の産物です。以下は簡単に、議論に参加したメンバーの紹介になります。

・ハピエン厨/情念執着命題/一カラスキー(当方)

・設定厨/アダルトチルドレン命題/カラトドスキー(友人)

 これだけで八割友人の説の受け売りであることが分かって頂けるかと思います。感情を煮詰めないと気がすまない人間と、設定を煮詰めないと気がすまない人間が手を組んだ結果がこれです。おかげで八時間も話したのに収拾がつかなくなって、挙句「今私達何の話してんの?」「わかんない!」というやりとりを腐るほど繰り広げた議論になります。ノリとテンションと心神喪失で進めた会議のまとめになりますので、暇潰し程度に読んで頂けたら幸いです。よろしくお願いします。

 なお双方アニメは1~9話までの視聴(2015年12月4日現在)、原作『おそ松くん』の知識は聞きかじった程度の断片的なものしかありません。また様々なところで先人様の考察を拝見しているので、それに引きずられている点も多々あるかと思います。あしからず。

1.アダルトチルドレンとしての六つ子

 まずアダルトチルドレンとは何か。端的に言うと、「親に問題があって正常に機能していない家庭において、心に深いトラウマを負ってしまった子供」のことを指します。『おそ松さん』および原作である漫画『おそ松くん』はギャグ作品というくくりになっていますので、親に問題があると言われても……という感じではあるのですが、ひとまず六つ子がアダルトチルドレンであるという仮説の下に論を進めていきます。松野家の両親については詳しく後述しますが、ひとまず六人揃ってニートであることを母親である松野松代が許容して甘やかしている時点で、親にも問題があることは明確です。

 アダルトチルドレンには複数のタイプが存在しています。それを、六つ子にあてはめてみることにします。これは以前TwitterでもたくさんRTされていた呟きがあったと思いますが、私達の論でもおおむねその通りの役割設定が出来ると考えています。

・松野おそ松(長男)=ヒーロー

 ヒーローとは「親の期待を一身に背負う」タイプを指します。言動として、他者に自分の評価を押しつけて尊敬を得ようとする傾向があるようです。字面からしてもそうですし、長男というおそ松の立場からしても、このタイプになることは想像に難くありません。彼は2話Bパートで「六つ子なんだから同い年じゃん」と長男である責務に不平を漏らしていましたが、一方で「長男なめんじゃねえ! 所詮お前らに俺は倒せねえんだよ!」という発言をしたり、家に帰ってからも「わかるんだよなあ、長男だから」7話今川焼きパートでも「一番大きいのは長男の俺がもらうけどね」と、長男であることを強調して兄弟を引っ張っているような様子が見られます。こうした態度は、親の期待を一身に受け、かつ、尊敬を得ようとした結果表れたものなのではと考えます。

・松野カラ松(次男)=スケープゴート

 スケープゴートとは「家族の問題を行動化する」タイプを指します。低い自己評価や注目されないことを心の傷にして、問題を起こして人の目を集めようとする傾向があります。何かとカッコつけてはスルーされているカラ松はおそらくこのタイプでしょう。反感を買う行動、というのが、彼の場違いな演技くさいカッコつけであるのではないかと考えます。5話Aパートで火炙りにされた時は「チビ太やめてー! おろしてー!」「バカチビハゲ! 死ねボケェ!」と、お前普段のニヒルさはどうした何だその語彙小学生か? と言いたくなるような発言をしています。9話Aパートでも話を聞いてくれないチビ太に終始ぽかんとしています。これがカラ松の素であることは間違いなく、つまり日頃のカッコつけは「人の目を集めるための行動」であると解釈出来ます。

・松野チョロ松(三男)=イネイブラー

 イネイブラーとは端的に言えば親代わり。ケアテイカーとも呼ばれますが、「親や周囲の面倒を見てきた」タイプを指します。兄弟の中でほぼ異色と言っていいほど就職に対し言及し、必死にツッコミに勤しむチョロ松はまさにこのタイプでしょう。1話及び2話Aパートでも、兄弟を順番に見渡してツッコミを入れています。メタ的なことを言えば、おそらくあれは視聴者にキャラを判別させるための発言です(アニメ『忍たま乱太郎』で登場人物が毎回自己・他己紹介するようなもの)が、しかしその役目を負っているのがチョロ松です。六つ子の中では、彼が兄弟の面倒をよく見ているように描かれています。

・松野一松(四男)=ロストワン

 ロストワンとはいないふり、つまり「存在しないふりをして生き延びた」タイプを指します。一松は1話・2話共にチョロ松から「逆になんかやって一松!」「せめて何か言って一松!」とツッコミを受けていますね。3話から自主的に行動するような場面が見受けられますが、彼の基本姿勢は黙って兄弟についていくというものです。発言、というよりテンションそのものがかなり低い。おおむね膝を抱えて丸くなり、猫という会話の出来ない相手を構って静かにしています。4話Aパートでチョロ松が帰宅した際、他の五人の兄弟が居間に集合しているシーンが出ますが、その時も一松は端っこで背中を向けて猫と戯れていました。いないふり、その通りのタイプであると思われます。

・松野十四松(五男)=ピエロ

 これ説明する必要ある? という勢いです。ピエロは「おどけた仮面で家族の問題から目を逸らさせる」タイプを指すのですが、もうまんま十四松です。十四松はキャラ設定からして「明るい狂人」とされていますし、チョロ松からも「おめえは何がやりてえんだ十四松!」とツッコミをよく受けています。しかし彼は2話Aパートのハローワークのシーンにおいて場違いなギャグを披露し、その後「なんかウケなかったな」と発言しています。つまり彼は「ウケを狙った」。十四松の突拍子もない行動には、ウケる=場の空気を和ませる目的があると考えられるのです。9話Bパートにおいても彼女を笑わせるためにギャグを披露していますし、逆に家ではすっかりおとなしくなってしまっていました。私はこれを「彼女のことを考えていて家でまで道化をやる余裕がなかった」と解釈しています。つまりあのおとなしい十四松こそ本来の彼であり、あの狂人ぶりはまさしくピエロの仮面である、と言えます。

・松野トド松(六男)=プリンス

 末っ子のトド松です。プリンス(女の子ならプリンセスになります)は「親から愛情を過剰に注がれた」タイプです。愛くるしくてか弱くて、人当たりがいい。クズ勢揃いの松野家六つ子の中で、トド松は人心掌握に長けた要領のいいキャラクターとして描かれています。4話Aパートの扶養面接でも、巧みな作戦によっていち抜けしたのが彼でした。1話でトト子ちゃんもトド松を「キューティフェアリー」と称します。キューティって。フェアリーって。可愛らしさを詰め込んだキャラ造形であることは間違いなく、末っ子として立ち回り方を覚えた辺りが、このタイプだと考えられます。

 これで六つ子がアダルトチルドレンであるという前提の説明が終わりました。では次は、なぜ六つ子がアダルトチルドレンになってしまったのか、という話題に移ります。

2.松野家箱庭説・松野松代の罪

 アダルトチルドレンは先述の通り親に問題がある子供達のことです。つまり六つ子がアダルトチルドレンであるとするなら、そうなってしまったのは親、つまり松野松造・松野松代夫婦に原因があるということになります。その中で私達は、母・松野松代に注目しました。そこで説明の比喩として、「松野家は箱庭である」と仮定します。いきなり話が飛躍してすみません。この辺りから結構二人ともラリってました。笑っていいです。

 松野家が閉ざされた完璧な世界であるとして、松造をアダム、松代をイヴとします。この二人は六つ子を授かるほどに相性のいい夫婦です。しかも双方、名前に「松」がついている。この二人が揃うことで、世界、つまり松野家は完璧なものとなっていました。幸せですね、可愛い六つ子は生まれるし。平和です。しかし彼らが生きているのは神話の世界ではなく現実、赤塚台です。アダムとかイヴとかは比喩であって、実際には松野家は一介の人間の家族にすぎません。そうなるとどうしなければならないか。家の長である松造は、働きに出なければなりません。同時に六人も子供を授かったのですから、自分含めて八人分、生きていくために養っていかなければならない。松造は家を出て、稼ぎにいくことになります。そうすると松野家は、完璧だった箱庭はどうなるでしょうか。アダムが不在になります。完璧ではなくなります。残されたイヴは、松代は、松造というアダムがいない間に何を求めたか。アダムの代わりです。

 5話Aパートを見るに、あの時は平日の朝10時であっただろうと考えられます。そんな時間帯に松代は家にいて、ご近所さんから貰った梨を剥いて六つ子(カラ松除く)に与えています。共働きでないことは明確です。専業主婦のイヴは家にいる間、完璧な箱庭を継続させるために、アダムの代わりを求めました。では何を代用品にしますか? もう言うまでもありませんね。六つ子です。偉大なる父の代わりを、六人で力を合わせて一人分、アダムに仕立て上げたのです。(経済的な問題もあったとは思いますが)六つ子にダースで服を買い与え、「六人で一つ」を教え込んだのは、他でもない松代でした。

 松代は4話Aパートの扶養面接においても、六つ子を手放せない己を存分に発揮しています。策略ではありましたが曲がりなりにも「自立するから面接を辞退する」と言ったトド松を引き留め、全身で「家にいたい」と表現するおそ松を認め、外の世界で害をなすかもしれないと脅した一松を迎え入れました。一松に関しては身内から犯罪者を出せないという意識もあったかとは思いますが、トド松やおそ松を止めた理由はもう言い訳が出来ないでしょう。面接前には「いい大人なんだからもう自分達で生きなさい」と言っておきながら、まさしくその理由で面接を出ようとしたトド松をいの一番に引き留めたのです。それを真っ向から否定したおそ松を可愛いと言ったのです。松代は六つ子を手放せない。少なくとも、アダムの代わりをなせる分は手放せないのです。

 「私の可愛い六つ子ちゃん達。六人で一つになって、アダムの代わりをしてちょうだい。」そんな意識で育てられた六つ子達が、兄弟間で共依存・連帯責任を発生させない訳がなかった。かくして六つ子はそうした機能不全の家庭で、歪んだアダルトチルドレンとして成長していくことになります。六つ子をアダルトチルドレンにしたのは、松代でした。

そこで私達は可能性として、六つ子が真に社会へ出て真っ当に生きるためには、まず松造が定年を迎える必要があると結論付けました。松代にとって本来のアダムである松造が戻れば、六つ子は代わりを務める必要がなくなります。しかも経済的にも、もう父の収入で暮らしていくのが難しくなります。精神的見地からも経済的見地からも、六つ子は箱庭から出ていける。少なくともまだ松造が健常な現時点では、六つ子はこの箱庭に居続けることになるでしょう。

 次は、「仮に出ていくとしたら誰から出ていくのか」という話をします。それにあたって、まず、六つ子の対応性についても話をしようと思います。ますます世迷言が続きますが、お付き合いくださいませ。

3.F6に見る六つ子の対応性

 『おそ松くん』の頃から、六つ子は三つのコンビに分かれて行動することが多くありました。おそ松・チョロ松の「速度松」、カラ松・トド松の「材木松」、一松・十四松の「数字松」です。これは『おそ松さん』においてもいまだ健在のコンビですね。基本的に速度松が話を動かしていますし、材木松は2話で共に釣り堀へ出かけています。またカラ松のカッコつけ(=アダルトチルドレンとしての行動)に反応を示すのもおおよそトド松です。数字松は5話Bパートで共にデカパン博士を訪ねていますし、そうでなくとも十四松が友達のいない一松を気遣う程度には仲の良さが見えます。また9話Bパートでも、一松は十四松の素振りに付き合っていることが描かれています。公式ラジオの第三回にて一松が「実はマゾ」ということが明かされましたが、あれはSMプレイなのかな。もし成立しているのだとしたら数字松、だいぶ関係が濃ゆいぞ。

 で、この三つのコンビなのですが、見事に互いが対応(=共依存と言い換えてもいいかもしれない)しているのです。何がどう対応していて、それが何を示しているのか、順番に語っていきたいと思います。基盤にするのは今では幻となった1話、アイドルアニメとしてのF6です。勿論ほかのところからも論を引きますが、1話は総じて縮図めいたものが示唆されていたように思えてなりません。

・速度松(おそ松:チョロ松)=ストーリー上の動:静

 速度松という呼び名の由来は「おそ=遅い」と「チョロ=すばしっこい」という対比からなのですが、名前を本来の意味にすると、「お粗末」「ちょろ松」になります。お粗末は言わずもがなですが、ちょろ松は昔の言い方で「どんくさい子、とろい子」という意味です。松というのは昔の丁稚奉公文化から来ているものだそう。つまりこの二人の名前に共通するのは、どちらも蔑称であるということです。

 さてこの二人、1話に限ったことではありませんが、基本的にストーリーを引っ張るコンビになります。おそ松がアクセルでチョロ松がブレーキの役割ですね。これは具体的に言うと1話、巨人化したチビ太におそ松ならびに四名が向かっていくシーンなどが顕著でしょう。チビ太と戦うことを決めたのはおそ松で、それに唯一乗らなかったのがチョロ松です。「何やってんだよチョロ松! あいつを何とかしないと、アニメが終わっちまう!」「いや終わらせようとしてんのお前らなんだよ!」というやり取りがありましたね。まさにボケとツッコミ。基本的に六つ子はおそ松に決定権があり、おそ松が起こした行動に弟達は追従する傾向があります。その中でチョロ松は、兄にNOを言える立場です。6話Aパートにおいても、ハタ坊の財産を巡って対立していました。速度松は動と静を対応させて、ストーリーを動かしていると言えます。しかしいかんせんチョロ松のメイン回がまだ来ていないということもあって、現状ではこれ以上の考察が出来ていません。8話Aパートではとことんおそ松のアクセルを許していたし、まだまだ深そうです。

・材木松(カラ松:トド松)=陽:陰

 材木松の由来はその名の通り、「カラ松=唐松」「トド松=椴松」という、材木を冠する名前の二人を称するコンビ名だからです。この二人の名前は文字通り材木が共通しています。

 この二人が対応しているもの。それは、陰陽です。F6のキャラ造形から見るのが最も分かりやすいのですが、つまりジェンダーとしての男性:女性が対応していると言えます。カラ松はいかにもオラオラ系の俺様キャラとして描かれ、「肉食系肉」と言われるほど、男臭く表現されています。アイドル衣装から見えるムキムキの上腕二頭筋、最高でしたね。それに対してトド松は、女子であるトト子ちゃんに「女子力高い、てゆーかただの女子!」とまで言わしめるキャラとして描かれました。室内で日傘を差し、おしゃれな昼食と少女漫画を可愛いかごバックに入れて持ってくる。本当に女子。F6においてトド松は、ほとんど女の子のようなキャラ付けをされているのです。六つ子がトト子ちゃんを取りあうシーンがありました。どうぞお好きな松を、のところです。私はあのシーン、突然トド松がそこに入ってきたことに違和感を覚えていたのです。六人揃ってのギャグだからと言えばそれまでですが……。昼食が買えないトト子ちゃんに最初に目をつけたおそ松、トト子ちゃんをからかって遊ぶカラ松、「オードリー・ヘップバーン!」と叫びながらトト子ちゃんに抱きつこうとした十四松、彼女を抱き寄せてかばった一松、話しかけられてどぎまぎしてしまうチョロ松。皆トト子ちゃんという女の子に対して、「男」としての対応をしています。しかしあの場で、トド松だけがトト子ちゃんへのモーションをかけていません。なのにいきなり、「兄さん達にも彼女は譲れない」と言い出すのです。えっお前いつ男としてトト子ちゃんを見初めたの? って話ですよ。あの場においてトド松だけが、「男」としてのキャラ付けを満足にされていない。カラ松が一番男臭く描かれているのに。(「あれは俺の女だ」発言、最高に痺れました)つまり材木松は、ジェンダーとしての男女を対応させていると言えます。

 ではなぜそれをわざわざ陰陽、とややこしい書き方をしたのか。それはキャラクターではなく、名前の由来となった本来の材木の性質が関係してきます。唐松という植物は、太陽を沢山浴びて育つ材木です。それに対して椴松は、太陽を浴びすぎると死んでしまう植物なのだそうです。日なたで男のカラ松と、日陰で女のトド松。彼らが対応させているのは陰陽であると言えます。

・数字松(一松:十四松)=内向的:外向的

 数字松はその名の通り、名前に漢数字を用いている二人のことを指します。しかしこの二人に関しては、他二つのコンビと決定的に違う点があります。それは名前本来の由来にした時、二人は全く何も共通させていないということ。「一松=市松(模様)」「十四松=十姉妹(鳥)」です。二人には他二組のような、共通するものがありません。

 さてそんな二人ですが、対応させているのは外界との関わり方です。一松は先述の通り「何かやって」と言われるほどに周りを関わろうとしませんでした。また「ミステリアスクール」と称された時に彼がやったのは、「静かにして」と言ってモブに自主的に道を空けさせる(=目の前から除外する)ことでした。一松はトト子ちゃんを除けば、徹底して外界を排斥しています。それに対して十四松です。「百万人斬りの王子様」ですよ、あいつの通り名。もうばりばり外界と関わってる。百万人とセクロスしてる。しかもギャグ展開になっていくにつれて、彼は周りを見ながら行動を起こしていました。カラ松の壁ドンを見て台バンをやりました。ダヨーンとハタ坊がヤンキーアニメを持ってきたから部活物を捩じ込んできました。おそ松が紙芝居で『ラブライブ』を出したから高坂穂乃果のコスプレをしました。十四松は徹底して外界と関わっています。二人が対応させているのは内向と外向です。

 六つ子達の対応を述べ終えたところで、「誰が最初に出ていくか」という話になります。端的に言います。トド松です。六つ子の箱庭から最初に抜け出せる可能性があるのは、トド松です。

 まず前提として、トド松は7話Aパートで「松野家および兄弟がクズであること」を自覚し、そこから脱却したい旨を力説していました。EDで「ひたすら遊んで暮らしてえ」と言ったおそ松や「最後まで実家から離れないぜ~?」と言ったカラ松とは対照的ですね。その時点で、トド松には「現状を打破したい」意識があることが分かります。しかし思い出してください。同じことを考えている兄弟、いますよね。チョロ松です。チョロ松もまたしきりに就職を促し、現状打破を望んでいます。なのにチョロ松はスタバァで働いているトド松に対し、「ドライモンスターめ、俺達を切り捨てる気だな」って言ったんですよ。切り捨てるって何だよ、って話ですよ。あれだけ就職しろって言ってたのに、アルバイトを始めた弟を褒めることもしない。むしろ抜け駆けしたことを一番怒っている。「うんこの兄弟」呼ばわりされて、皆に矢が刺さったシーンがありました。あそこで明確に怒りを示したのはチョロ松だけでした。他の皆は、ただショックを受けていただけでしたよね(カラ松は傷つきながらも十四松を助けに行っていました。優しい)。つまりチョロ松の中には、「六つ子が平等でなければならない」という意識がある。これは彼がイネイブラーのタイプであることも関係しているのだと考察します。イネイブラーは世話焼きという性質上、どうしても「自分は周りの同年代よりも大人だ」という意識が芽生えてしまうのだそう。そうなるとどうなるか。「自分が出来ることを、この程度のことを、何で周りの人間は出来ないんだ?」という思考に至る。そこにあるのは、同年代の人間を見下して苛立つアダルトチルドレンの姿です。兄弟とはいえ六つ子は同い年。チョロ松が就職を急かし、トド松にも「またイライラしてる?」と冷やかされる心理には、「自分でも出来る求職活動を、同年代、それも自分と細胞レベルで同じはずの六つ子の兄弟がやらないこと」に対する苛立ちと軽蔑があるのではないでしょうか。三話のパチンコ警察でも、トド松の邪魔を率先してやったのはチョロ松でした。見下している相手が自分より優位に立つのが許し難い、そういう面もあるのかもしれません。とにかくチョロ松には、六つ子が平等でなければならない意識があります。つまりチョロ松が六つ子から出ていくことはおそらくない。彼は箱庭から出るのなら、六人揃うことを望むでしょう。

 さて、3話7話とトド松が制裁された時の話をしています。もう一人、忘れてはいけない存在がいましたね? チョロ松と共に率先してトド松を潰したがる兄が。そうです。一松です。脱糞未遂にフルチン恫喝、本当に私の中でレジェンドになりました。一松は、チョロ松以上に六つ子への依存度が高いと考えられます。彼は5話Bパートにて「兄弟がいるから友達はいらない」と暴露させられてしまいました。その時点で兄弟への執着がどれほどかは察せるのですが、それ以上に切迫しているのは、先ほど論じた対応性の話が絡んでくるからです。一松は十四松と対応こそしていますが、名前の由来で言えばばらばらであると言いました。一松が十四松とコンビになれるのは、「六つ子の中で組を作った時」という前提がつくのです。つまり一松は六つ子という前提がないと、十四松とコンビになれない。一人ぼっちになってしまうのです。十四松はもうピエロを全うしていますし、外界との関わりも強いです。F6に限らず彼はよく外出しているし、デカパン博士とも知己の仲だった。一人ぼっちにはならない。けれど一松は違います。六つ子が瓦解したら、孤独になってしまうのです。もっと言うと、一松にとって十四松と離れることは、「完全性を失うこと」でもあります。一と十四を足すと、十五になります。十五は東洋では完全な数字とされているそう。六つ子という前提で十四松とコンビになれば、十五になれる。一松は完全になれる、というわけです。だからこそ六つ子という前提が失われ、数字松のコンビが解消されてしまうわけにはいかないのです。一松は箱庭から出るつもりがおそらく最初からありません。

 随分長く兄弟について論じましたね。ここでやっと戻ります。一番六つ子から抜け出せるのはトド松だと言いましたが、それは既に7話で失敗しています。今度こそ失敗せずに抜け出すには、誰かを連れていかなければなりません。何故なら、四対一(十四松は便乗もしなければ抑止力にもならないので数に入れません。敵ではないけど味方でもないです)では分が悪すぎると学んだから。では、誰を連れていきますか? トド松は誰を連れていけば、完璧な存在として箱庭から抜け出すことが出来ますか? カラ松です。自分と対応し、かつ二人揃えば陰陽などという世界の摂理を司ることが出来る、二人目の兄です。

 そもそも本編ではおおむねカラ松とトド松が制裁されています(2話Bパートのおそ松は自業自得というのもあるし、家宝ヒジリサワショウノスケという形で長男が家に迎えられているのでノーカウントとします)。普段の兄弟のカーストを本編から察しておそ松>チョロ松>トド松>一松>十四松>カラ松だとするなら、トド松が制裁されている(=カースト最下位になっている)間、空席になった第三位には誰が入るか。元々最下位にいたカラ松です。制裁されるのが現状この二人しかいない上、ピエロの十四松が実質ランキング外の存在である以上、順位は繰り上げではなく入れ替わりになります。7話でも長兄松の三人が同じ行動をとりましたね。それが裏付けになっていると思います。そうなるとトド松は、四人の兄から押さえつけられてしまうのです。そうなってしまったら勝てないということは、もう7話で学びました。しかしここでカラ松という、自分と対応して互いを完全にする存在を味方につければ、三対二に持ち込むことが出来ます。しかもカラ松は『おそ松くん』の頃「腕っぷしの強い凶犬」として描かれており、しかもこの材木松、兄弟と離れたところで騒動を起こすのが常でした。この二人は六つ子から離れる訓練を完了していると解釈していいでしょう。時が流れて『おそ松さん』になってからも、2話Bパートにおいて、カラ松はチョロ松に殴られても平然としていたおそ松にたんこぶを作っています。力自慢の設定は生きていると考えるのが妥当です。脱出するのに、希望の光が見えてきたと思いませんか。

 しかしここで問題なのは、先述の通り、カラ松にも箱庭から出る気が全くないことです。「責任もないし自立もしない! 最後まで実家から離れない! 働かない我が人生セラヴィ!」ですよ。何だあの滅茶苦茶可愛いEDは。養ってやるから私と身体の関係を持ってくれ、お願いだカラ松。まとめるとトド松が箱庭から出るには、いかにカラ松を攻略するかにかかっています。現状ではまだ反発気味なので難しいかもしれない。ただトド松はカラ松を小馬鹿にしつつもいざという時は頼っているようなので(9話Bパートの屋台の揉め事の際、彼はカラ松に助けを求めています)、希望を捨てずに頑張ってほしいですね。別にずっとどこにも行けない六つ子共依存続けてくれても構いませんけれど!

4.六つ子疑似家族概念論

 ここいらで少し閑話休題です。アダムとイヴである松造・松代がいなくとも、六つ子だけで一つの家族が役割上形成出来るね、という話をします。キャラクターの役割からこじつけたまたトンチキな説ではあるのですが、なかなか使い勝手がいいので、これを元に4話の扶養面接の話をしたいと思います。

・おそ松=父(六つ子の決定権)

・カラ松=母(六つ子への無償の愛)

・チョロ松=長男(おそ松への反発/まとめ役)

・一松=次男(責任の無さ/カラ松への反抗)

・十四松=ペット・赤子(無条件に愛される/空気は和むが別段力を持たない)

・トド松=長女(ジェンダーについては先述の通り/カラ松への反抗)

 カラ松マジ聖母! が本当にこじつけられるとは思わなくて感動しているのですが、この概念を元にすると、「扶養面接の末に本当に両親が離婚したとしたら、分裂して二つの家庭が成立する」ことが証明出来ることを論じます。あくまで概念上の話なのでおかしいことも多々ありますが見守ってください。

 松代(=母)の元に入ったのは、父であるおそ松、次男である一松、長女であるトド松です。女親にとって、直系の腹で孫を見せてくれる長女は一番に欲しいものでしょう。トド松がいち抜けしたのも納得です。それからアダムの話をしました通り、自分と番いになる父も欲しい。おそ松は実質一人でアダムの代わりをすることになります。次男に関しては松造との兼ね合いもありますが、家に残って継いでくれる息子がいるという点において文句はありません。これで松代側の家庭は成立しました。

 保留組となったカラ松、チョロ松、十四松は、松造(=父)の扶養に入る体で話を続けます。まず父にとって最も大切なのは、家を継ぐ長男です。なのでチョロ松(しかも孫保証/男親からすれば息子の嫁も可愛いもので、生まれる腹に女親ほどのこだわりはない)は絶対に欲しい。それから対になる母、つまりカラ松も迎えます。松造はこれまでも松野家を養っていた稼ぎ頭ですから、ペットの十四松を引き取ることも可能です。赤子であると解釈するなら、カラ松とセットになっているのも道理でしょう。これで松造側も家庭が成立しました。以下に整理します。

松代(母)-おそ松(父)-一松(次男)-トド松(長女)

松造(父)-カラ松(母)-チョロ松(長男)-十四松(ペット)

 もしこうなっていた場合、一番天国を見るのはチョロ松で、地獄を見るのはトド松です。

 チョロ松は松造が働けなくなった後でも、自分が稼ぎ手になればいいのです。願っていた就職を決めればいい。その頃にはカラ松は家事の全てを母として引き受けてくれますし、十四松はそこらへんで草野球でもさせておけば一切の負担になりません。チョロ松は安心して、仕事さえやっていればいい生活が出来ます。家族の中で役割が出来た以上、チョロ松が六つ子の平等性を訴えてカラ松や十四松を糾弾することもないでしょう。

 しかしトド松はどうか。松代が父として引き取ったおそ松は「働きたくない」を公言した男です。それでなくとも松代は、働きに出たアダムの代わりを求めていた女です。おそ松が働かず、自分の傍にいてくれることを良しとするかもしれません。また次男として引き取った一松には責任がありません(次男に責任がないことはカラ松がEDで散々謳歌しました)。直腹の孫を期待される長女のトド松は、六つ子の中でも最も真っ当に立ち振る舞えます。そうなると松代の貯蓄が潰えた後、家のことも稼ぎ手も引き受けなければならなくなる可能性があります。一松は2話Aパートのブラック工場で昇進しましたから、もしかしたら稼ぎの手伝いにはなってくれるかもしれません。が、ろくに帰れないあの生活を思えば、トド松の肉体的負担はさほど変わらないでしょう。いや本当、離婚しなくてよかったですね。

5.六つ子が内包する火種

 閑話休題その二です。3章で散々速度松・材木松・数字松の対応の話をしたのですが、ここで別の組み合わせに関する話をします。対応ではなく、共通の話です。それを踏まえた上で、六つ子が抱えている問題が何であるのかを考えてみます。

・おそ松と一松=現状維持を望む(松代の願いの遵守)

  「ひたすら遊んで暮らしてえ」とEDで発言し、4話扶養面接においても「働きたくない! 勝手に飯が出てくる生活を送りたい!」と堂々と公言しているのがおそ松です。彼が望むのは今まさに送っているこの生活。松代のお望みどおりにアダムの代わりを務める、働かないで一日だらだらしていられる現状をキープしたいのです。また一松は兄弟、とりわけおそ松に追従します(8話Bパートでトト子ちゃんの手伝いをすると言ったおそ松に、「何やんの?」と積極的に具体案を求めたのは一松でした)。そうでなくとも一松は前にも論じた通り「兄弟がいればいい」と思っています。六つ子の枠が壊れることを何より嫌がっています。一松にとっても、現状のまま、兄弟揃ってクズニートをやっていられる生活を守りたいのです。社会に出たら嫌でも比較が待っています。兄弟間でのヒエラルキーや評価も変わるでしょう。六つ子が崩壊してしまう可能性もある。一般にパーカー松と呼ばれるこの二人は、「今まさに謳歌しているニートの現状を維持したい」という共通点があります。これは松代自身が望むことでもありますね。

・カラ松と十四松=滅私奉公

 カラ松と十四松のアダルトチルドレンとしての役割を思い出してください。スケープゴートとピエロです。彼らがやっているのは「己の行動によって問題を提起する/目を逸らさせる」というものですね。その行動に二人のはっきりとした欲望はありません。強いて言うのであれば、彼らが望むのは「どんな形であれ六つ子が平和であること」「出来れば自分の存在を見てもらえること」です。つまり六つ子であることは大切に思っているけれど、変革が必要ならそれも受け入れられる二人になります。カラ松は2話Aパートで唯一「事務員」というはっきりした職種を言いましたし、十四松はそもそもニートを謳歌する発言をしていません。詳しい根拠としては4話で保留組になっていること、そして8話Cパート「六つ子に生まれたよ」の唄が言えると思います。扶養面接でこの二人がやったのは、「何もアピールしない・出来ない」ということでした。全く関係のない野球のことしか言わなかった十四松と、人の真似ばかりしたカラ松(しかも必死さが微塵もない。おそ松が床に転がってまで訴えたことを、彼は「自分の足で立ったまま」口先で言っただけでした)。やる気あんのかって話です。養ってもらう気あんのかって話です。4章の家族論を持ち込んでいいなら、二人が意図的に松代(母)の扶養におそ松(父)とトド松(長女)を入れてあげたようにしか思えません。そうでなくともこの二人は、「六つ子の唄」を歌った二人です。本編通して兄弟から「痛い、オカルト」と言われて、存在をスルーされ、5話でも排斥されたカラ松。9話において「地獄のようにスベっても」と言われる程度には、日頃のピエロぶりを軽んじられている十四松。この二人が、「六つ子に生まれたこと」を歌うのです。六つ子に生まれて得したことなど何もない、むしろ兄弟の中で徹底して軽んじられている二人が。彼らの行動原理にもはや己はない。彼らはひたすら己を殺して六つ子に奉公しています。

・チョロ松とトド松=現状打破

 3章で十分語ったのでここでまた語ることもないのですが、このままではいけないと考えているのがチョロ松とトド松です。就職をしきりに急かすチョロ松と、7話で思いきり「兄弟からの脱却」を提示したトド松。六つ子が平等であるか否かの違いはありますが、少なくともこの二人には「ニートの現状を何とかしなくては」という意識が共通しています。3話でキラキラネームに対し「全然いいよね?」「全然いいよ」というやり取りをしていたのもこの二人でした。彼らは松のつく、この六つ子お揃いの名前を嫌っている。キラキラネームの方がいいと言っている。これは名前自体への嫌悪ではなく、六つ子という意識に対する煩わしさを表したものなのではないかと考えます。7話今川焼きパートでも、「クソ一人っ子にも分かる六つ子の数の歴史」と言っています。チョロ松には一人っ子に対する嫉妬と憎悪のようなものがあると考えるのが妥当です。六人揃って就職出来れば変わるのでしょうが、現状ニート勢揃いであるこの箱庭を、チョロ松とトド松は抜け出したいと考えています。

 ここまでくれば、六つ子が何の火種を抱えているかも見えてくると思います。この組み合わせ、よく見てください。綺麗に兄松・弟松で分けた時の、長男・次男・三男がコンビになっているのです。しかも長男コンビと三男コンビが求めているものは、真っ向から対立しています。滅私奉公を司る次男コンビは、この「現状維持」か「現状打破」でいつか起こる戦争を、どうにか防ごうと立ち回っているのではないかと考えました。六つ子が抱える問題、それは「松野家という完全な箱庭が永遠ではない」ということになります。松造も松代も概念の上でしか神ではない。人間です。いつまでもこのままではいられない。ただ本編の現状では夫婦は健在で、離婚もひとまず一度白紙に戻りました。だから長男コンビは現状維持が出来る。けれどどこかでそれを危惧している三男コンビは現状を変えたい。次男コンビは六つ子が平和であってほしい。滅私奉公の二人は身を挺して、箱庭が永遠でないことから目を逸らさせようとしています。だからカラ松と十四松の二人は家庭内のカーストでも下位であり、兄弟のいざこざでも取り立てて行動しなければ抑止もしない存在になるのです。

 六つ子はどこに向かっていくんでしょうね。

6.おわりに

 気の狂った会議をこうして書き起こしてみて、改めて頭がおかしいなあということに気付いてしみじみしています。曲がりなりにも12月を迎えた大学四年生が、夜中から明け方までかけて10000字超えのレポートを書いている時点で何やってんの? という有り様ではあります。読んで頂けたのなら分かる通り、これは現在進行形で進んでいるアニメであり、私達は現状何の答えも出せていません。もしかしたら今後の展開次第で論じた全てがひっくり返されるかもしれないし、思いもしなかった方向で六つ子が変革するかもしれない。何はともあれ、今後もアニメが楽しみですね、ということで、結びの言葉にしておきます。ギャグアニメとして笑いたい自分と、キャラを愛でたい自分と、考察をしたい自分が、毎週月曜日の深夜に戦争をしています。願わくばこの文が、そんな同志の暇潰しにでもなればと思います。

 長らくのお目汚し失礼致しました。読了頂き、ありがとうございました。

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 あと一時間後には16話です。「一松事変」に恐怖しか覚えない。