群青の隘路に

喚き散らかす

一次創作のブログを別個で作りました

お久しぶりです。なんだかんだ体調を崩したり精神を病んだりしてクソクソクソって思ったりもしたけど、性懲りもなく生きています。高血圧になりながら天寿をまっとうしてやる。

 

今回は、一次創作用のブログを作りましたよ、というお知らせに参りました。

以前からこのブログでも、小説を書いていることや二次創作で活動していることなどはぷんぷん匂わせて来ていたのですが、この度「一次はちゃんと分けよう」と決めまして……これまでこのブログに書いていたような短文とか、一次イベントの告知なんかは、今後分けた方のブログでやろうかなと思っています。

このブログはこれから、感想を呟いたり考察を殴ったり、後は愚痴をこぼすだけの害悪ブログになるかと思います。あれ?今までと大して変わんねーな。

ご興味ございましたら、ぜひ一次創作の方も応援していただけたら幸いです。

 

ブログ→朱雀野にて

Twitter島原倅 (@segareee40) | Twitter

 

よろしくお願いいたします!

 

「群青の隘路に」ブログ更新、かなりサボってしまっていますが、近々

・『HiGH&LOW』がどれだけサイコーかっていう長文語り

・持たざる女の発言権がない世間にほとほとキレている件

なんかも投稿したいです……。

私の耽溺を、もう一度鮮やかに目覚めさせて

 お久しぶりです。ブログを更新したのは少し前のつもりでいたのに、日付を見たら二ヶ月も前のことでした。またはてなブログに死んだと思われてる。生きてます、性懲りもなく。

 この頃はスパークに向けて二冊分の原稿に追われたり(どちらも無事に発行できました、ありがとうございました)、それが終わってからもフォロワーさんにプレゼントするコピー本を作ったりweb企画に寄稿したり、あとは支部更新をせこせこやっておりました。おかげさまでスパークの戦利品をきちんと読めていません。でも10月中にもう一本くらい支部に上げたい小話あるんですよね……10月あと一週間くらいしかないけどね……。

 さて、そんな中で私がまたブログを更新したのは、つい昨日『おそ松さん on stage ~SIX MEN'S SHOW TIME~』(以下松ステ)を観劇してきたからです。そのことについていてもたってもいられず、ただだらだらとよしなしごとを書き連ねておきたくなったからです。アニメ『おそ松さん』の感想を書いていた頃のように時系列順で細かく書けない(松アニメの感想は録画を何回も見返して整理して書いていました)ので、支離滅裂であるかと思いますが、暇潰しにして頂けたら幸いです。

 

 

 そもそも私は、2.5次元舞台というものに対する興味や関心があまりない人間でした。手の届かない敷居の高さを感じていたし、作品ファンと俳優ファンが入り混じる構成上何かと炎上が多いものと偏見を持っていたし、俳優沼はまったく知らないけれどカノバレやら何やらで殺伐としてそうなイメージがあったし……。周りに2.5次元舞台→俳優沼へシフトしていった友人が何人かいたこともあって、「何か深入りしたら怖そうな世界だな」と聞きかじった情報から先入観を抱いていたのです。

 そんな中で、『おそ松さん』の舞台化が発表されました。売れているジャンルが舞台化することはもう驚くようなことではありません。いやらしい話、舞台化は確実に客層を増やしながら収益を得られるメディアミックスだ(と私は思う)からです。私はそれに「ですよね、まあ順当だよね」と思いながら、どこか他人事のように構えていました。『弱虫ペダル』や『刀剣乱舞』のように派手なアクションシーンがあるわけでもないのに、舞台化して何をするんだろう。そんな呆れにも似た感情を持っていました。どうせ行かないだろうな、と思っていたことも大きかったと思います。

 しかし縁は奇妙なところにありました。かれこれ4年近く懇意にしているフォロワーさんが、東京公演のチケットを当選させて「一緒に行こうよ!」と誘ってくれたのです。香川からはるばる来てくれるその人に会いたいのもあったし、舞台に対して一歩引いていたとはいえ、誘われているものを断るほど嫌悪しているわけではありませんでした。だから私は(今思えばとても失礼ですが)なかば怖いもの見たさのような気持ちで、そのご厚意にあやかって松ステに行くことを決めたのです。人生初の、2.5次元舞台でした。

 

 その「怖いもの見たさ」が「純粋な期待」に変わったのは、実に単純な二つの理由からでした。ひとつは先立つ大阪公演を見てきた人の「結論から言うと何もしてなかった!」というネタバレにならない前情報。そしてもうひとつは、松ステの脚本家の中に、私が高校時代からゆるく追っていた方がいらっしゃったから。私は高校生の頃演劇部に入っていて、その縁故である一つの劇団を観劇して以来、ずっとそこの虜になっていました。名古屋を拠点にしている「劇団あおきりみかん」さん。そこで脚本を書いている鹿目由紀さんが、松ステの脚本を担当することを知ったのです。私は掌を返しました。鹿目さんの本なら、絶対に面白いに違いない。私は鹿目さんが描くあおきりみかんの舞台で、これまで何度も笑って考えて苦しんで楽しんできました。その方が松の世界を描いて、面白くないわけがない。 前者の感想から「世界観が壊れるような大きな事件は起きない、舞台を見た人にしかわからない特殊設定は生まれない」という安心感はすでに得ていました。私は期待に胸を躍らせ、観劇マナーのことだけを心配しつつ、当日を迎えました。

 

 そんな経緯で迎えた当日――観劇を終えて出てきたのは、「松ステ、最高だった」の一言だけでした。

 アニメをリアタイ視聴していた時の、振り回されてげらげら笑って、記憶が混濁させられるあの感覚。それがまた、舞台を見て与えられたのです。ひたすらに面白かったし楽しかった。アニメのこぼれ話集のような感じで、ぽんぽん小話が進んでいく。何もしていない、だからこその『おそ松さん』。 期待通り、期待以上の最高の舞台でした。役者さん達は声も背格好も違うはずなのに、確かにそこには「実写に落とし込まれたキャラクター」がいました。話し方や声の出し方、イントネーション、間……それらが誠実に再現されて、そこには確かにキャラクター達が存在していました。それでいて、役者さんにしか出来ないところは個性豊かに長所を生かす。それがキャラを壊すことなく、「舞台作品としてのおそ松さん」を完成させていました。特に一松や十四松、トト子ちゃん辺りは、聞いているうちに本当に「福山潤の声帯を持つ松野一松」「小野大輔の声帯を持つ松野十四松」「遠藤綾の声帯を持つ弱井トト子」がそこにいるかのように思われたのです。声が似ているはずじゃないのに、似ている? と錯覚してしまうような。

 また、舞台の六つ子は仲良し感がすごかった。カラ松はちょこちょこスルーされるところもありましたが、アニメの時のような容赦のない感じがしなかった。トド松はカラ松にとても懐いている感じがしたし、一松は相変わらず「お前ここでもカラ松のこと好きな……」って思うくらいには発言を拾っていたし(「とくと見てやるぜ!」でテンション上がるの最高に可愛かったです)。パーカー松のカラ松に対する「お前はうんこです」「……お前は本当にうんこです」がめっちゃおもしろかったです。あれだけくどくどハンサム! って言ってたらそりゃうんこ言われるよね。というかこれは舞台特有のことだと思うのですが、話しているキャラや焦点を当てられるキャラだけが画面に映されるアニメと異なり、舞台では誰かが話している間に黙っているキャラが何をしているかが見えます。だからこそ好きに動いている彼らを見られるのが楽しかったし、可愛かったし、眼球はあともう二つずつ欲しかったなあと思いました。だからこそ、カラ松がちょっとスルーされたりするところもそこまで悲しい感じがしない。なぜなら観客は、黙っている時のカラ松の一挙一動を見ているからです。痛々しいくらいにかっこつけているのを見ているからです。そんなところも可愛いけど~~~~!!!!

 カラ松はいちいちキメキメで身体能力高くてギターガチで弾けて一松に対して対等な感じがしてもう本当に最高でした。あとトト子ちゃんに「ヤらせてくれ!」っていうシーン、女の子に劣情を催すという事実に勝手に私が興奮しました。一松も本当に可愛くかったです。数字がめっちゃ仲良ししてたり、カーディガンを頭に巻いて出て来るところで笑って何も言えなくなっちゃったり、あとお尻本当に出してて悲鳴を上げました。飲みのシーンでこそこそ仲良くしてる色松とか、カラ松を庇って応戦する一松と一松抱き留めて抑えさせるカラ松とかあのね本当ね……ありがとうございました。

 他にも可愛いところあったんですけど記憶が曖昧で申し訳ないです。いかんせん色松定点で見てしまっていたのですけれど、もう皆可愛かった……。チョロ松はなんだかすごく温和で良妻賢母みたいな感じがしたし、おそ松兄さんはチョロ松のこと軽率に抱き締め過ぎだし(すき)、十四松は本当に無邪気なんだけどちょっと毒があって(末松の「トッティいらないぜ!」「ふざけんな!」可愛かった)、トド松もドライさがあんまりなくて素直に可愛い末っ子って感じでした。あとイヤミチビ太ハタ坊トト子ちゃんも! 叫んでビブラートきかせたりとかすごかったです……トト子ちゃんは声の張り方がマジで本物だった……。

 それからF6!ちょこちょこ合間に入って歌って踊ったり小ネタやったりするの本当に可愛かったです。トト子ちゃんと秋のラブロマンスする話が最高に面白かったし、あと時限爆弾の天丼ネタとかも面白かった!えふしでも色松濃厚に絡んでました。私はえふし肉が大好きなのでずっとカラ松を見てたんですけど、挨拶の時とかにブスども! って怒鳴られてあっさりメス堕ちしました。オラオラ系は全然「受けだね~~」って思ってたクソ腐女子なのですが、実際にああしてカラ松に怒鳴られたら従属するしかないのだなと思い知ることが出来ました。受けだけど。通常のおそ松兄さんが「ここのお客さんすごいね~? ブスでキャー! ケツ見てキャー! だもん。わかんないな~」って言ってたのがその通り過ぎて笑いました。でもキャーって言うよ……興奮するよ……。その挨拶でえふしカラ松の「返事はハイだろブスども!」という罵声に対して通常一松が「はーい」って手を挙げたのにも心底叫びたくなりましたし、その後カラ松同士で「カラ松ガールズにブスって言うな!」「うるせえ青いブス!」「……初めて言われた……」っていうやり取りをしてたのも最高にキュートでした。私は何を見ているんだ……夢か夢なのか……?

 あとは舞台セット。スポットライトが六色なのも可愛いし、雲が松の形をしているのも可愛い。家の中を表した二階建てのセットはまるごと回転する仕組みなのですが、その裏面に映像を投影して様々な世界にしていたのが素敵な演出だなあと思いました。オープニングや劇中劇、ダンスや歌、エンディングも全部よかった……。最後の方でセットの壁に「つづく」って書いてあったのは、再演や続編があると解釈してよいものでしょうか……!? あとエンディング後には役者さんが客席を走ってきてくださるのですが、通路側に座っていたこともあり、何人かの方とタッチすることが出来ました。素直に興奮したし感動した……!!別に誰推しというわけではないのですけれど感動しました。一瞬のことで記憶が混濁していますが、確かパーカーのおそ松兄さん・チョロ松・トド松とえふしのカラ松はハイタッチ出来たと思います。パーカーカラ松も来てくれたのですが私の反応が遅れたのでタッチはせず見送ってしまいました。いやでもこんな近くに来るのマジか~~~!!!!!ってキャパオーバーを起こしていました……。

 

 最高に楽しい舞台でした。作品そのものが面白い上に、可愛いところ興奮するところもばっちり押さえてくださった最高の時間でした。やっぱり私は演劇が好きで、そして『おそ松さん』が好きなんだなと再認識しました。フェス松の時には感じていなかったロスが、今になってじわじわ来ています。ずっとアプリゲームや派生やらで食い繋いでいましたが、やっぱり私は、原作アニメ軸の六つ子が好きなんだ……!

 間もなく千秋楽でしょうか。私は結局当日券チャレンジもライビュ戦争も出来なかった人間ですが、最後まであの世界が輝いていることを祈っています。

 DVD、買う。

フォロワーはあなたの先輩でも後輩でもない

 お久しぶりです。気が付けばもう8月が終わろうとしています。

 ブログ更新が途絶えて初めの一か月ははてなブログから「記事書こうよ!」みたいなメールが来てたのですが、そのままスルーしていたら来なくなりました。多分死んだと思われた。生きてます。仕事と原稿に追われながら、ストレスで幼児退行したりキレ散らかしたり泣き喚いたりしながらも生きてます。
 本当は春休みの旅行記を書きたかったのですが、割ともう思い出しながら書く感じになってしまいそうなのでやめときます。強いて言えば城崎では宿についた途端疲労が押し寄せてきて、間違えて男子トイレに入って「これが噂の共用トイレか……男子用便器丸出しとか共用どころの騒ぎじゃないな」と血迷った感想を抱いたり(出てから女子トイレの存在に気付きましたけど、いや~ホント人に会わなくてよかった)、その民宿の部屋の鍵がどう頑張っても閉まらなかったのでバリケード作って寝たり、母と行った京都ではリアルタイムで松の最終回を見たり、バカやった思い出ばかりが色濃く残っています。
 ちなみに先日の夏季休暇では金沢へ一人旅に出かけましたが、街中でもバスの方向でも挙句の果てには兼六園の中でも迷子になりました。迷い続け雨に降られ、人生ってこんな感じなんだなって思ったものです。人間皆生まれ落ちた時から迷ってるんだ。
 
 ではどうして久しぶりにブログを書いたかといいますと、はっきり言います、先日リア友から聞かされた話にキレているからです。持論をまき散らしたくなったので来ました。最低な動機ですけど、元々喚くために始めたブログです。私のブログはゆりかごから墓場まで最低です。よろしくどうぞ。
 
 
 さて、では話していきます。リア友から聞いた愚痴は、要約すると以下の通り。
・その日はTwitterのフォロワーさんと三人で遊んでいた。新社会人のリア友が最年長で、一個下のAさん、二個下のBさんという構成。
・最年少Bさん、普段はアプリゲーにガンガン課金しているくせに、当日になって「お金がない」と言い出す。
・するとAさんが「年上だから、私がBさんの分も出しますよ~」と提案。真ん中にそんなことを言われてしまっては、最年長であるリア友も、自然と出さなくてはいけない空気に。
・はじめのうちは恐縮していたBさんも、その内を味を占めだす。前から遊ぶ計画をしているにもかかわらず当日や直前になって「お金がない」と言い出し、それにまたAさんが奢ると言い、リア友もまた払う羽目に。それが繰り返される。
・そして最年長だからとリア友が気を遣って多めに出せば、「さすが社会人!財力が違う!」などとはやし立てる声が返ってくるようになった。
 
リア友「何で私が毎回他人の分も合わせて6000円近くも出さなきゃいけないの?」
私「そんな集まりに行くくらいなら私と牛角行ってよ!?」
 
いやもう、「は?」って感じなんですよね。
 
 
 まず先に言っておきますが、別に奢る奢らないの賛否を言いたいわけじゃありません。当人同士が納得していて、奢られる側が何らかの誠意を見せているなら、別にそれでいいと思います。けれど、この案件は腹立つ要素が多すぎる。
 年齢差が小さいこと、自分から奢ると言ったわけじゃないこと、そして課金してる金を遊ぶ分に回せない最年少のバカ。地獄かよ。
 
 たとえば5歳も10歳も離れているような、社会人経験も積んだお姉さまが、大学生にちょっとご飯をご馳走してあげるくらいならまだいいでしょう。財力の差も明らかですし、おそらくその場合は確実にお姉さまの方から「大した額じゃないしご馳走するよ」と言っている。現に私も年上のフォロワーさんと遊んだ時、悪いから! と断ってもアルカイックスマイルで「せっかく遊んでくれたんだし。若い子は気にしなくていいんだよ」と奢っていただいたこともあります。その節は本当にありがとうございました……。
 しかし今回の場合はたかだか2歳差。ましてや新社会人なんて、研修期間によってはバイトしていた頃より給料もらってません。それを考えずに真ん中が「年上だから奢る」なんて言い出して、最年長が断れるでしょうか? それで「社会人さすが!」なんて言われてどうですか? 自分から「奢ってあげるよ」って言ったわけでもないのに、流れで奢る羽目になっただけなのに、数か月前には自分だって同じような大学生だったのにはやし立てられて。それでいい気になる奴がいるなら、よほどのお人よしかバカだと思います。
 リアルの学校や部活、サークルの先輩後輩関係だったら、2歳差しかなくても多少多めに払うとかは全然あるでしょう。リア友だってお金をケチりたいわけじゃなくて、その理不尽な扱いに腹を立てていたわけですから。でも、フォロワーさんは自分の先輩でも後輩でもない。
 
 私はTwitterのフォロワーさんのこと、同じ趣味とか性癖で繋がった「同志」であると思っています。年齢も立場も関係ない、仲間であって友達です。だから私は呼びタメしあった後に年上であったことが分かっても、敬語に直したりはしません。それは立場を気にせずくだけて話してくれた相手に、むしろ失礼だと思うからです。
 人生の先輩として年上に敬意を示すことはあります。お姉さま、なんて呼んだりします。年下の子達に先輩風を吹かしてアドバイスしてみたりすることもあります。マイシスター、なんて可愛がったりします。
 けれど、同志である友達に、年齢を理由にして上下関係を作るようなことはしません。
 「年上だから奢る」なんて風潮を、リアルではまだしもネットの交友関係に持ち込むのはおかしくないですか。いや別におかしくないと思う人は好きにしていいです、私がおかしいと思ってる以上私の中ではそれがすべてです。
 双方がさらっと「ンフフお姉さんが奢ってしんぜよう」「マジすかあざーす!」ってやり取りがあるなら全然いいんですよ、さっきも言いましたけど奢る奢らないの話をとやかく言いたいわけじゃないので。それもまた長年の付き合いから来る信頼とか、コミュニケーションの一環だと思うから。でも、年功序列でそうしなきゃいけない空気を作るのは違う。
 
 戦場に立てば女子供も等しく戦士であるように、同人の趣味の前では老いも若きも等しく腐女子なんですよ。
 年齢や財力を理由に上下関係作りたくないじゃないですか。少なくとも趣味の場においては、実名も素性も隠してハンドルネームで呼び合っている間は、私たち対等じゃないんですか。会いたいから来たんですよね、来たいから来たんですよね? だったら楽しむだけの対価は自分で払え。持ち合わせがないなら払える範囲での遊び場を提案しろ。それが通すべき筋だ。
 
 
 他人の愚痴に勝手にキレてこのざまです。
 繰り返しますけど当人同士が納得しているなら奢る奢られるはあっていいと思いますよ。学校の先輩ではないにせよ、人生の先輩であることには変わりはないので。私も財布と精神に余裕があったら多少は年下に奢りますし(多少ね! お金ないからね!)、お姉さまが「払ったげる」と提案してくれたならお言葉に甘えます。
 ただ、金の切れ目が縁の切れ目。金銭トラブルほど不毛でめちゃくちゃにこじれることはないので、そこだけは気を付けていきたいものですね。
 
 それではみなさま、楽しいTwitterライフを~!

満足だ、おそまつさん!

 お久しぶりです。やっと『おそ松さん』最終回の感想を上げに来られました……。

 最終回の放送日が丁度旅行の真っ最中で、母に頭を下げながら旅館のテレビでリアタイしたというのに(テレビ大阪が入った京都の某旅館さまにひたすら感謝)、四月に入ってからというものろくにパソコンを触る時間がなくてですね。フォロワーさんのご厚意にあずかってタワレコ松カフェとか行ってたんですけどね(名刺は見事色松を引き当てました、ヤッター!)。キンプリ応援上映に行ってはしゃいだりしたんですけどね(タイガくんとユウくんが見た目好みですが、大和アレクサンダーには性的に興奮します)。社会人生活が始まって一週間、これからますます頑張っていくぞ! というタイミングでウイルス性胃腸炎を患い38.7℃の熱を出して三日ほど寝込むクソっぷりを披露したりしつつ、やっと今日でございます。

 気が付けば松が終わってからもう三週間が経とうとしていますが、思いのほか松ロストの反動は来ていません。覚える仕事が多くて気が休まらないというのもありますし、帰ってご飯を食べたら特に何をするでもなく風呂に入って寝ているというのもありますし、春アニメでジョジョ四部や双星の陰陽師が始まったというのもありますし、そもそもファンアートの勢いは全然落ちてませんし、5月には公式声優イベントに行く予定がありますし(これもフォロワーさんのご厚意のおかげ)、6月には松の同人イベントで小説本を出す予定もあります。毎週月曜日の楽しみがなくなったと言えばそれはそうですが、とにかく自分が想像していたよりもずっと、世界は絶望の色をしていませんでした。まだまだ松はホットだぞ!

 そんな感じの近況報告はほどほどに、感想を上げていきたいと思います!

 

【「おそまつさんでした」】

 不穏な終わり方をした24話。つづく、という展開からどのようなフィナーレを飾ったのか。骨子は以下の通りです。

・チョロ松がおそ松に出そうとしていた手紙は自然発火し、届けられることはなかった。一方その頃おそ松の元には「何らかの選抜」に選ばれた通知が届く

・兄弟全員を招集して(兄弟も乗り気で戻ってきて)選抜に臨む松野家。松造だけが状況についていけないものの、試合に臨むことに。周囲も応援に駆けつけるが、一回戦敗退に終わる

・一年の時を経て、彼らは反則上等のチームになって帰って来た。決勝戦では死力を尽くすが、最後はやはり負けてしまう

 いやほんともう何を見てるのか全く分かりませんでしたね。夜中に声出して笑いましたよね。突っ込むところが多すぎてどっから触れていいのか分かりませんが、まず最初から頭がおかしい。なんでみんな同じタイミングで弟達は全員シコってるんですかね!? こんなところで魂の共鳴しなくてもよくないですか!? あれだけエロ本の隠し場所もばらばらで、オナニー場面に遭遇したしないで大騒ぎしていたくせに。こんな笑える奇跡があってたまるか。しかもあれだけてんやわんやして全員家を出たくせにあっさり戻ってきて、チョロ松は父の伝手で入った会社を辞めてしまいます。まあ職場でオナニーしてるだけあって、クビも時間の問題だったとは思うけど……。

 また選抜の抽選会場で各々夢を語り合うシーンも可愛かったですね。

おそ松「パチンコ屋と競馬場の永住権が欲しい」

チョロ松「女の子の時間を止める」

トド松「プリステージに入れてもらう」

一松「猫転換手術」

カラ松「武道館でワンマンライブ」

 これすっごく個性出てて面白いですよね。チョロ松はとうとう女の子を動かないものとして操る術を求め出したし(いよいよ等身大フィギュアの扱いと変わらなくなってきたぞ~)、一松はぶっちゃけ手術しなくても猫になれてるじゃんと思うし、カラ松のそれに対し「いいなあ」と声を上げたのは一松だけでした。ねえこれ絶対一カラ付き合ってるじゃん!? 釣られたって頭抱える一松も得意げなカラ松も可愛過ぎでした。というかこの流れ、カラ松自身も自分がスルーされるのは松野家のお決まりの芸って分かっててやってるんですかね。一松の夢は猫になって、カラ松の足元に擦り寄りながら彼の歌を聞くことなのかなあ。芸術家と猫、可愛いじゃないですか。

 しかし試合が始まるとお決まりのダメダメっぷり……速度松バッテリー最高でしたし、水陸松バッテリーも良かったし、それでいて速度松はさっさとベンチで酒飲んでるし……カラ松がピッチャーやってた時は誰が受けてくれてたんだろう。トド松のボールの投げ方があまりに女子だし、ショートゴロ避けるくらいだし、多分キャッチャーは無理だよね。そうなると松造あたりでしょうか。一松期待したけど直後に目潰ししてるから無理ですもんね。やりたい放題で喧嘩し放題、柄悪すぎる六つ子に両親さえ「新しい子供を作ろう」と投げ出す始末。前々から思ってましたが松造も松代もやっぱり酷いよ? せめて引導は渡して? どうせ新しいアダムが出来たら、松代はまた神松の時みたいに六つ子を箱庭から追い出すんだ! ワァ! 私がモンペになってやる!

 そんなこんなで初戦敗退した松野家ですが、コーチ松なる謎の人物の力があって、一年間で強くなって選抜に戻ってきます。応援メンバーだった皆も参加しています。反則上等暴力上等、素晴らしいチームです。私が小学生の頃からこよなく愛していた少年ジャンプの野球漫画『Mr.FULLSWING』ばりの勢いです。テンションがまさにそんな感じです。だいすき。途中コーチ松が亡くなる場面もあるのですが(唐突過ぎて何の感情もわきませんでした)、そこで十四松の彼女ちゃんとか花の妖精ちゃんとかがさらっと再登場しているのが嬉しかったです。大団円感ある。

一松「俺達一人一人はゴミ」

十四松「だけどみんな集まれば」

カラ松「勝てることもある!」

トド松「どうかなあ?」

チョロ松「どうだろうねえ」

 おそ松「ま、行くしかないってことだよ」

 この流れもすごかったですよね。なんたってこの話は、兄弟が離散した24話から「つづく」という形で迎えた25話です。つまり24話で兄弟が吐露した感情は、ここにも引き継がれていると見るのが自然でしょう。一松は兄弟が離れ離れになる時、自分だけはおそ松の傍にいるという選択を取りませんでした。行く当てもなくてホームレス同然なのに、出ていくことを「これでいいんだよ、多分」と言った。その上でこの発言、各々離れたはずなのに結局戻ってきてしまう自分達への皮肉のように思えます。けれど一松にとっては多分それがすごく嬉しいことで、呆れながらもこれでいいことなのかな、と感じました。カラ松はチビ太の家に居候する時、「このままだと俺達六つ子は、俺は駄目になる」と言いました。そのカラ松が、六人で集まることをまた肯定した。これってすごく考えさせられることだと思います。上手く行かない就職活動の中で彼は何を見たのだろう。何かに向けて努力するという前提であれば、六つ子であることは味方が五人いるという意識なんでしょうか。それとも癒着することに対して、それを拒むことを諦めてしまったのだろうか。だとしたらとてつもなく悲しいことだなあと思います。兄弟でいたらダメだと分かっているのに、結局は戻ってきてしまう呪い。カラ松はあれだけ家から離れないことを意識していたのに、24話では三番目に家を出ましたからね。相棒のトド松に触発されたのか、残った弟達に示しをつけるためか。……そうした呪いをポジティブに捉えたら、六人揃えばできることもあるって認識になるのかな。27年前みたいに、誰も見分けがつかない敵なしだった時代みたいに。トド松・チョロ松が懐疑的なのはもう言うまでもないですよね。彼らは早く家を出たツートップですから。最後まで弟達の門出を祝えず、自己認識を六つ子の長男以上に見出せないおそ松は、弟達の言葉を運命のままに受け入れる旨の言葉で締めました。これからも彼らは24話の気持ちをどこかに持ったまま、また六人の箱庭に戻って繰り返すのかなと思います。癒着と離別を。それでも私はいいと思う。神様がいなくなった世界で、狭い箱庭の中で神様の代わりを務めなきゃいけない六人が、これからもずっともがきながら幸せであればいいと思う。

 さて、決勝です。圧倒的な力の前に仲間が次々倒れていき、頼りにしていたデカパン・ダヨーンもあっさり殺害されてしまいます。仲間割れをして責任をおそ松に押しつけようとしていた兄弟も(ここでおそ松は「やっぱり五人の敵!」と語っています)、さすがにその光景に逃げ出そうとする。というか22話でも思ったんですけど、私ダヨーンのイケメン声にめちゃくちゃ弱いんですよね。「間に合ったよん」「皆殺しだよん」ダヨーンの渋い声を聞く度に「私はこの男の子供を産まなくては」という気持ちになるんですけど、多分絶対ギャップ萌えの気の迷いだと思うので早く目を覚ましたいところです。そうして逃げ出そうとした六つ子を、トト子ちゃんが「すぐ逃げんなクソニート童貞(略)」と怒号で引き留めます。トト子ちゃんだからこそ言える言葉ですよね。彼女は地下アイドルという逃避から24話で目覚め、婚活や留学にもまずは挑戦した女性です。当たって砕けるのが信条なのかは知りませんが、少なくとも傍目にはそれくらいのバイタリティに溢れている。そんな彼女が逃げるな、と檄を飛ばすのは至極真っ当なことで、だからこそ六つ子は素直に足を止めます。そしてトト子ちゃんは何と服を脱ぎ捨て、「勝ったらトト子と(おそらくセックス)する権利をあげる」と発表します!燃え盛る六つ子。六人の性欲がオーラとして具現化し、そして六人で抱え上げたのは、巨大化したバッドでした。

 男根のメタファー。

 クソほど笑いました。相手のボールを待ち受けるにあたって出したものが、六人のオーラによって構えられたそそり立つバッド。散々下ネタをかましてきた松の最終回に何と相応しいではありませんか。ここではなまるぴっぴを流してくる熱い演出もずるい。「ヤりたい!」「ヤらせてくれ!」「卒業したい!」「せめて見るだけでも!」「おっぱい!」「いやへそのしわ!」各々が魂の叫びをあげながら、敵の投球に立ち向かいます。これをリアタイで見て爆笑している時に、母が目を覚ました時はどうしようかと思いました。しかし結局「俺たち六人の力が一つになれば……でも無理なもんは無理!」と打ち負け、六つ子は善らで宇宙へ投げ出されてしまいます。トト子ちゃんは切腹。相手高校の下ネタまみれな校歌を聞きながら、六つ子の身体が「おわり」と文字を作るのを見ることになります。そしてEDは大団円! 松代や松造、チビ太やハタ坊、デカパンとダヨーンも加わっての録り下ろし賑やか「six same face」でした。各々が最終回が終わっての感想を言い、また会おうね! とメッセージを伝える。まるでカーテンコールのようだった。あのEDを聞いているだけでも何だか胸があったかくなって、凄く泣いてしまいそうで、嬉しかったです。

 

 これだけの大ブームになったのに公式からは一切ボロが出ない、グッズ関係も受注生産で誰も傷付かない。貢ぐうえで松公式は素晴らしい制作陣だったと思います。声優さんも有名どころでありながら「この人こんな声出るのか! 初めて知った!」を連続で出してくる全力の演技でしたし、幻の1話で「声豚と腐女子釣り乙www」なんてのたまってやがった奴らを引っ叩きたいくらいには、全身全霊に面白いアニメだったと思います。腐女子が松に食いついたのはF6のビジュアルがイケメンだったからではなく、また声でもなく、男六人が寝食を共にして繊細な関係を披露する、その上で妄想の余地となる隙があるストーリーだったからです。とにかく松と松公式は最高だった。旬ジャンルの創作じみた被害話やコラボグッズの粗相など、ファンの行動でがっかりすることは多々ありましたが、公式に対してそういうことを思ったことは一度もありません。松公式はいつだって正義だった。以前友人に「松が好きだからって由野のこと嫌いになったりはしないけど、でも、松腐女子のあのテンションは無理」と面と向かってはっきり言われたことがあります。けれどそんな彼女らでさえ、「松公式に罪はない」と明言してくれていたのです。それだけ公式はクリーンでした。公式のやらかしもない、1話や12話の副音声で「夢女子も腐女子も声豚も全部客層です! 考察厨も好きにしな!」を宣言してくれていた、滅茶苦茶懐のでかいアニメ。それが私が半年間好きでたまらなかった、そして今も好きでいる『おそ松さん』という作品でした。

 24話を見た時私が最も恐れていたのは、ストーリーとしての松が大団円を迎えて二期の可能性が潰えることでした。けれどこのハチャメチャギャグの終わり方、まだまだ希望を持っても良さそうではありませんか? ニートの男兄弟六人がだらだらするだけの、何も考えずに、時には考え過ぎて見られるアニメ。また戻ってきてくれるのを、私はBlu-rayとCDに貢ぎながら待っています。歌詞考察なんかはしていなかったけれど、主題歌である全力バタンキューから引用して、もう一度。

 

 満足だ、おそまつさん!

僕達は同じ月を見ている

 書きたい記事を溜めに溜め続けて気が付けばもう新年度です。生活が一変するというのに結局間に合いませんでした。また四月以降もぽつぽつ、昨年度の思い出をしばらく綴っていこうと思います。

 さて、『おそ松さん』24話の感想です。正直最終回をもう見てしまっているので、これから書くことは全部妄言なのですが……まあ、これまでも基本的にはこじつけと妄想で出来た信憑性ゼロの内容だったのでいいか。最終回を見ていない体で、ずらずら妄言を並べていきたいと思います。

【Aパート:トト子大あわて】

 久々のトト子ちゃんメイン回。骨組みは以下の通りです。

・赤塚台のアイドルとしてちやほやされてきたトト子。しかし自分は所詮「町一番」の器量よしでしかないことを思い知る

・その上立て続けに同世代の女達が結婚・出産をしていく。トト子はこれまで知らなかった嫉妬という感情を知り、自分の置かれた状況を把握。婚活を始める

・紆余曲折の果てに石油王との結婚を果たすも、彼に「魚臭い」と拒絶され激怒。婚活を諦め、トト子は語学留学へ

 私は六つ子を自分と同い年だと思っていて、つまりそれはトト子ちゃんも同い年であるということなのですが、そのせいか、凄く胸に突き刺さる話だったなあと思いました。女の幸せが結婚にあり、男の扶助の上に成り立っているという描き方に関しては、もう触れないことにしておきます。ミソジニーあっての松だ。私はそれを分かった上で見ていますし、というかトト子ちゃんも大概男=金という見方を隠していない時点で大分ミサンドリーの気のあるキャラクターだし。もう毎回突っ込むのも無粋かあ、と思ったので。

 昔から美少女であるという取り柄一つで生きてきたトト子ちゃん。作中でモブに言われたように、「中身がスカスカなまま生きてきてしまった」キャラクターであるというのは間違いないと思います。というか下手したら六つ子、特におそ松より、彼女は「ヒロイン」というキャラクターのまま大人にさせられてしまった哀れさがある。主人公達に愛される、高飛車の許される女王様。幼少期の頃には可愛げがあった我が儘も、二十代にもなれば性悪でしかありません。それでもこれまでトト子ちゃんはその生き方に疑問を持たなかったし、愚かな六つ子達の上に君臨するヒロインとして最高の働きをしていたと思います。ヒロインとして生かされてきたことを、誇っているようにさえ思えた。自分の生き方を貫いているとさえ思った。私は創作物に置いて女帝信仰を持っていて、美女はその美しさを担保に全てを許されて傲慢であるべきだと考えています。だからトト子ちゃんのようなキャラクターは理想でした。けれど、彼女は気付いてしまった。六つ子が回を追うごとに成長していくように、トト子ちゃんもまた、自分の置かれた平成という時代を思い知ってしまった。まあこれだけ美しい人で、そしてその美しさを自認しているのなら、世間一般の思う幸せを追い求めなくても……とは思うのですが。それはやっぱり、彼女の権力が赤塚台に限定されていることが大きいのかな。冒頭で素人呼ばわりされたことが、明確な格付けだったのでしょう。しかしトト子ちゃんの周りの女達もそれぞれでしたね。冷めた感じのやり取りをにゃーちゃんとするところとかすごく興奮しました。魚と猫だから何かしら絡んでくれないかなとは思っていましたが……まさか麻雀回の新聞記事がフラグになっているとは。地下アイドルに見切りをつけて結婚を選んだにゃーちゃん、ブスだけど子供を産んだり家を買ったりと人並みの幸せを掴んでいる同級生。トト子ちゃんの周りの女達は、びっくりするほどトト子ちゃんを焦らせるのが上手な立ち位置にいる。悪気なく。同じ女だからこそ分かるし胸が痛かったです。私は四年制大学に通っていたから今はまだ結婚とか言われてもピンときませんが、高卒で社会に出た子なんかはもう結婚していたりする。中学時代の友人には子供を産んだらしい子もいる。トト子ちゃんはおそらく大学には通っていないでしょうから、そういう周りの同世代に対する焦りもひとしおなんじゃないかな。

 でも彼女の凄いところは、「自分は今ヤバい」と自覚してからすぐに行動を起こせたところだと思います。まあライジング半端ないミサンドリーをぶちまけてはいましたが、どこまでも自分に素直になって、婚活を始めることが出来た。私はこれ、凄いことだと思います。結果的に破局はしましたが、諦めなかったからこそ石油王とも結婚出来たわけですし。そして失敗したからこそ、婚活は一回置いておいて別ベクトルから努力をしようと思えたわけですし。トト子ちゃんはとことん自分を曲げない女で、そして曲げないからこそ失敗をして、しかしそこから腐ることなく次の方法を実践出来る。彼女は強い女だと思うし、絶対真似出来ない魅力的な生き方をしていると思う。トト子ちゃんはきっとどんな末路を辿ったとしても、自分がやってきたことを後悔しながら死んでいくようなタマではないなと思いました。最後には胸を張って、あるいはやり残した更なる強欲を夢見て眠りにつく。世知辛い現実の中で、トト子ちゃんの強さが私にはひたすら眩しいです。あんな風にガツガツ生きられたらどんなに幸せだろう。結婚もやりたいことも両立出来る人間なんて実は一握りで、そしてその覚悟は早いうちに決めておかなくちゃいけないものなんじゃないのかな。それもないままにつき進めるトト子ちゃんが、私はとても羨ましいと思いました。

 あとトト子ちゃんの為にどこまでも馬鹿になれる六つ子が愛しくて可愛かったし、そんな六つ子を一人一人として認識しているトト子ちゃんにも萌えました。彼女は多分六つ子とは結ばれないと思うけど、結ばれないからこそ、いつまでも六つ子のアイドルであってほしいし幸せになってほしいなあ。

 

【Bパート:手紙】

 問題のBパートです。骨組みは以下の通り。

・就職を決めて家を出ることになったチョロ松。お祝いムードの中で、おそ松だけが喜んでやることが出来ない。はしゃぐ十四松に怒鳴ったりと、険悪な空気を持ち込んでしまう

・ぎくしゃくしだす家の中。次にトド松、カラ松、十四松が順番に家を出ていき、最後は一松も家を出ていくことになる

・自立を試みる弟達に何も言えない真顔のおそ松。そんな彼の元に、一通の手紙が届く

 いやほんとこれ見た時はしばらく何も言えなかったしどうしていいか分かりませんでした。5話とか9話のテンションに似ている。次回最終回だっていうのに何でこんなシリアスで続き物にしたの? とただただ呆然としました。まあ内容も辛かったんですけど、何より最終回の内容次第では二期がないのでは、ということが一番辛かった。まあ最終回を見た今となってはそんな気持ちも遠い昔のようなのですが、とにかく視聴直後はしばらく何も言えませんでした。テレビの前でただ震えていることしか出来なかった。

 23話の感想の折、私は六つ子が成長して回帰するということを述べました。その時、意図的におそ松には触れなかったとも言いました。24話があったからです。私はこの話を見て、やっと松野おそ松というキャラクターのことが少しだけ分かったような気がします。彼だけは成長出来ないんですよ、回帰出来ないんですよ。何故なら『おそ松くん』のおそ松のまま大人になった姿を、あまりに上手に演じてしまったから。思い描いたキャラクター像にブレがないんです。だから他の弟達のように失敗したり気付いたりすることもなく、そしてそれが回帰へと修正されることもない。彼は今も昔もずっと、「六つ子の中心」という人格しか持っていないんです。一人っ子になりたいと願いながら、しかしその自我も存在証明も、六つ子に依拠しなければ成り立たない。兄弟を五人の敵と称しながら、しかし誰よりも兄弟を必要としていたのは、おそ松だったんじゃないかなと思います。だからチョロ松の門出を祝えない。大人になっちゃって就職なんかしなくちゃいけなくて、でも俺達あの天下の六つ子だったのに、世知辛いねえやだやだ、働きたくなーい! そうやって駄々を捏ねてさえいればおそ松はそれでよかったんです。だって小学六年生メンタルのまま育ったって設定なんだから。なのに元相棒たるチョロ松がよりにもよって最初に就職なんかしちゃって、家から出ていくだなんて言う。祝えるはずないじゃないですか。喜べるはずないじゃないですか。小学六年生メンタルのままとはいえ、おそ松も大人になりました。それなりに長男としての在り方を考えることもあったし、兄貴として振る舞うこともあった。そんな彼が家族みんな浮かれモードの中で、「やだよチョロ松就職なんてしないで」なんて言えるはずないじゃないですか。感情の折り合いもつけられないまま彼はあの宴席に臨んで、そして、末の弟二人に当たってしまった。

 チョロ松を思って長男に立ち向かい、青あざを可愛い顔に作りながらも一人暮らしを決断した末っ子のトド松。震えながら夜のトイレに一人向かうのも、寂しくなっても家に戻らないのも堪らなかったです。暴走するおそ松を諌めて弟を代表して殴り、家を出ていく描写をあえてせずにチビ太の元を訪れたカラ松。元相棒の「僕達は一緒にいない方がいい」という言葉を真摯に受け止めて、このままじゃ自分が駄目になると頭を下げたのはすごく格好良かった。板についてしまったピエロの仮面を必死に剥いで、アルバイトを始めた十四松。バイト先で見せた不安そうな顔が、彼の本来の気弱さの表れだと思うと涙が出ます。兄弟皆がいるから友達なんていらない、そう暴露した一松は、行き場もないまま家を出ます。きっと兄弟が選んだ自立という流れの中で、自分だけが癒着していられないと思ったのでしょう。クリスマスの折のカップルに助けられるなど、人とのやり取りが出来ました。そしてチョロ松。慣れない仕事に奔走しながら、やっぱり家族の、おそ松のことを思っている。皆思い思いに離れる道を選んで、けれど同じ時、同じ兄弟のことを思っていました。語学留学から戻ってもなお変化出来なかったトト子ちゃんの誘いさえ断ってしまった、おそ松もまた。

 とにかく凄いとしか言えなかった。ただ涙を堪えることしか出来ませんでした。私、こいつらが自立するのは親にもしものことがあった時だとばかり思っていたから。一人が抜けたら芋づる式に離れるだなんて思いもしなかった。最終回目前で、まさかこんなものが見られるだなんて思ってもいませんでしたよ。アダルトチルドレン共依存と癒着、家庭内カーストの変動、そして自立への自発的乖離。私が見ていたのはギャグアニメじゃなかったのか? 思うところがあり過ぎて書ききれないし、それとは別にキャラそれぞれに「アッ萌えシコ」と思うところもあったのに今は言葉に出せません。最終回見ちゃったから上記全部駄文ですけれど、しかし最終回見るまでは本当に、ただただ彼らの行きつく先がどうなるのか不安しかありませんでした。今回は主人公とヒロインという物語のメインキャラ二人が、「拠り所を失った」回だったなあと思います。Bパートのおそ松とトト子ちゃんのくだりもすごく好きです。トト子ちゃんが傷の舐めあいを所望したことも、しかしおそ松がそれを受け取れなかったことも、この回で得た二人なりの変化だったと思う。イヤミがチョロ松を車で送る際に言った「人間は変われない生き物ザンス。希望は捨ててちょーよ」って台詞は、くんの頃から変われないおそ松とトト子ちゃんと、そしてイヤミ自身のことも入ってるんじゃないかなあ。

 

 さあ次は最終回ですね。視聴直後の気持ちになってこの記事を上げましたけれど、多分次の感想更新の時に全部ひっくり返すと思います。また落ち着いたら感想文上げます。

あるべきところへ戻ろうか、たとえ現実がクソッタレでも

 溜めに溜めてる『おそ松さん』感想、今回は23話の記事でございます。見事に一週遅れになっている……。とはいえ松24話は既に視聴済みですので(本当はこの記事書いてから見るつもりだったんですけど我慢出来ませんでした)ここいらで追いつきたい気持ちです。でも正直24話に対して私の気持ちがまず追いついてないです。記事上げる頃には腹くくりたいと思います。最終回の放送日は旅行中だからやっぱりリアタイ出来ないしね!!また遅れるね!!他にもいろいろ書きたい記事があるので、それも含めて黙々書いていけたらなあと思います。

 

【Aパート:灯油】

 今回のお話は前半後半が続いている一繋ぎの構成でした。一応サブタイトルがそれぞれにつけられているので、10話レンタル彼女回とは異なり、CM前後でそれぞれにオチがついています。Aパートの骨子は以下の通りです。

・真冬の松野家。ストーブの灯油が切れてしまったことから、兄弟間で「誰に灯油を入れさせるか」の心理戦が繰り広げられる

・それぞれが策略、時には暴力をもって相手を屈服させようとする。しかしそこでそれまで眠っていると目されていた十四松が起きていたことが判明

・好き勝手に動き、それでいて決して灯油を入れに行こうとしない十四松。最後に彼はチョロ松を名指しで呼んで灯油がないことを強調する

 今回のAパートで私は、兄弟のパワーバランスが最終回に向けてかなり変わってきたと感じました。というかキャラそれぞれが、前回の感想でも触れましたけど、「成長した」と思う。私は以前友人が言った「松の最終回は白黒の画面に戻ること、つまり『おそ松くん』への回帰」という考え方を支持していました。それは今でも変わりません。けれど同時に彼らは成長しているとも思う。回帰と成長、一見すると真逆ですよね。過去に帰ることと未来に変わっていくことですから。けれどこの『おそ松さん』において、その二つはイコールで結べると私は考えています。ゆえに今回のパワーバランスやキャラ造形が随分変わったことは、成長であり回帰であると思う。

 元々『おそ松さん』の六つ子達は、「絶対神赤塚先生亡き後の新しい時代に、成長した肉体だけを与えられて、突如連れて来られた子供達」なんですよ。かつて一世を風靡した自分達が、27年ぶりにまたテレビの表舞台に出ることが決まった。だからこそ彼らは先生のいない世界で生き残る為に幻の1話で散々悩み迷走して、そして「結局やること何もみつかんねー」からニートになったんです。本当なら学生時代があったはずです。思春期の狭間で思い悩んだ時期があったはずです。けれどそれは描かれない。だって六つ子は作品の中でも作品の顔としても、笑いを提供するコンテンツでしかないからです。『おそ松さん』とミソジニーの話をした時、女を客体として消費することの是非に触れたと思います。けれど同時に私達も、そしてあの赤塚台の世界の人間達も、六つ子のことを「同じ顔をした愉快な悪ガキ」とひとくくりにしているんです。私達もまた六つ子を客体として扱い、そしてそのエンターテイメントを消費している。で、話を戻しますけれど、つまり彼らは確かにくん~さんまでの歴史を持っているにもかかわらず、事実上は子供の心のまま平成で大人になることを強いられたわけです。やることは見つからなくても、始まったからには演じなければ。皆の知らない学生時代から寄せ集めて、それらしい未来の自分にならなければ。そうして出来たものが、「小学六年生メンタル」「クールな参謀」「常識人」「毒舌ダウナー」「異常なバカ」「あざといビジュアル担当」だったわけです。トド松は13話でいらない子だと言われた時、「僕がいないとお前らやばいから! ビジュアル担当誰がやんの!?」と反論しましたよね。担当って何だって話なんですよ。六つ子はキャラが被らないようにそれぞれの方向性を選んでいる。もちろん各々適性があって、選ぶべくして選んだあり方だとは思うんですけれど。でもそれに無理があったから、カラ松はいつも痛いと排斥されていた。チョロ松は自意識ばかりが大きいことを突きつけられた。一松は5話で破綻させられた。十四松は地獄のようにスベっていた。トド松はメンタルが弱っていざという時負け戦を選ぶようになってしまった。私はそう思います。彼らは彼らなりになりたい自分になろうとして演じて、あるいはそれに挫折して湾曲した形に落ち着いて、そうやって生きてきた。そうやって生きた成人男性として、この地上波に戻ってきました。けれど最終回に向けて、「回帰」が始まっている。カラ松は16話で謎に突っかかってくる一松と和解(した自覚は本人にはありませんけれど)して以降どんどん普通の兄弟らしい立場になっている。チョロ松はクズであることを21話で認めてから昔らしいあくどさを全面的に出して来た。一松はいろんな振り幅を見せてなお、繊細な本性を隠さなくなりました。十四松は今回からも分かる通りピエロであることをやめていて、そしてトド松は「末っ子が」と抑圧してくる兄に意趣返しが出来るまでになった。これは回帰の一環です。そして私はこれを、成長と呼んでいます。彼らは回を追うごとに、自分が選んだキャラ付けやそれに伴う価値観が間違っていることを学びます。そしてそれを次に生かしてくる。これは成長と呼んで差し支えないと思います。つまり彼らは「本来ある姿に回帰する」過程で、「間違った考えを改めて学んでいる」んです。元々あった自分達の性格や考え方にそぐう形で、肉体の年齢に追いつこうとしている。

 私はカラ松ガールズですからカラ松のことをよく見ています。なのでこの論を述べるにあたって、彼ほどお誂え向きの男もいないと思う。カラ松のことを例に取って、回帰と成長の話をもう少し解説します。持論展開しすぎて絶対分かりにくい文章になってると思うので……。まず『おそ松くん』時代のカラ松は「カラカラ空っぽ、カラ松だい」の口上に表れている通り、頭の空っぽなおバカさんです。腕っぷしが強くて凶犬らしい喧嘩っ早さもある、からっとした空元気の男の子。それに対して『おそ松さん』の彼は、クールな参謀という立ち位置です。とは言え実際はクールぶってカッコつけてるナルシスト、兄弟からも軽んじられて、公式のキャラ紹介文から参謀という字は消えました。カラ松が『おそ松さん』でどのように成長していったか、簡単に以下の通りにまとめます。

5話:「カラ松事変」での扱い。兄弟だからといって無条件に愛されるわけではないと知った

8話:「トト子の夢」トト子ちゃんへの意見。正論を叩きつけることは周囲を慄かせることが出来ると知った

10話:アバン釣り堀feat.おそ松。己の有りようが「痛い」と言われることに対し改善を試みた

13話:「事故?」銭湯での発言。積極的に改善点の指摘を求めた

14話:「風邪ひいた」看病パート。愛される為に愛することを思いつく/「トド松のライン」トド松の兄弟ランキング。求めたことでトド松から(真偽は不明にせよ)兄弟で一番好きだと言われる恩賞を受ける

15話:「チビ太と花のいのち」フラワーと結婚。おそらく過剰な愛情によりフラワーを暴走・根腐れさせて枯らした

16話:「一松事変」一松を庇う行動。これは自覚していないけれど、この件以来一松と対等な関係に

17話:「十四松」十四松の変化がいつからかの会議。一松に話題を振って普通に会話出来る(この辺りから兄弟間における発言権を同等に獲得している)

18話:「イヤミの逆襲」レース終盤にて。主役になりたいこと、モテたいことを暴露

21話:「麻雀」兄弟のプレイスタイル紹介。相手をよく見て分析している

 で、今回23話です。灯油を入れろよ、という兄弟の威圧に対して、カラ松が何を言ったか覚えていますか。「気付いたんだ、行き過ぎた愛情は人をダメにする。突き放すことが俺の愛だぜ、ブラザー」って言ったんですよ。言い逃れ的ではありましたが、彼は確実に15話のことをバックヤードにしてそれを告白した。カラ松は15話でフラワーにアイスと酒を常時与えるという、どう考えても過剰な養分を求められるまま差し出していました。結果として作中ラストでフラワーは巨大化して暴走していたわけですが、きっとあのまま続けていたら確実にどこかで根が腐ります。そしてフラワーは枯れた。そこでカラ松はやっと気付いたんじゃないでしょうか。相手をスポイルすることは、理想の愛ではないと。だから今回、トド松に熱湯を浴びせられようとも折れなかった。私は泣きました。嬉しかった。カラ松がやっと気付いてくれた。共依存待ったなしのスポイル属性を、自ら気付いて律してくれた。本当に嬉しかったです。成長したと思った。そしてカラ松は成長の度に、兄弟間のヒエラルキーを逆転しています。彼はかつて「誰が誰でも同じ」だった頃のように、次男として、あるべき地位に回帰した。これが私の述べる、回帰=成長論の根拠です。

 同時に、十四松。あれだけ体力バカを公言し愛され癒されピエロであったはずの十四松もまた、成長の果てに自分本位な部分を隠さなくなりました。9話で恋をして、17話で自己概念と対話して、18話で諍いを傍目に見ていた彼です。それを経ての23話、自分本位の塊だったではありませんか。自分一人だけ布団にくるまって寝たふりをして、そのくせ寒くなると不機嫌になって自分の分だけのスープを用意する。そして最後にはチョロ松を指名してまで、自分は灯油を入れに行かない。もう十四松は自分がやりたいことしかやりません。兄弟想いなことは変わりませんし、場を和ませることを大事にしているのは事実ですが、それはその空気が自分に都合のいいものだからであって人の為ではない。そのことが今回ではっきりしたなと言う印象を受けました。ちなみに何でチョロ松だったのかは、正直分かりません。十四松が具体的にチョロ松に恨みがあったわけではないとは思いますが……。ただ十四松はずっとこの戦局を見ていたわけですよね。そうしたらチョロ松が最もストーブの傍にいたのに逃げたことも、ただ実況、便乗するばかりで自分から仕掛けなかったことも全部知っている。「チョロ松兄さん何もしてないでしょ、陥れる策もないならさっさと入れてよ寒いから」ってところなのかなあ。私はそんな想像をしています。

 パワーバランスとか成長と回帰とかだらだら言いましたけど、クズの押し付け合いも本当に面白かったです。みんなでわいわいしているのが好きですし、くっだらない心理戦とかゲス顔とか終始笑いっぱなしでした。こいつら全員馬鹿だな~~!! 可愛い!!

 

【Bパート:ダヨーン族】

 Aパートからの続きです。骨組みは以下の通りになります。

・十四松の指名を受けて灯油を買いに行くチョロ松。しかし途中の飲み屋に誘われてしまい、いつまでも帰ってこない。迎えに行ったおそ松・カラ松も同様にそこで飲み始める

・あまりに帰りが遅い兄松達に、家で暴れ狂っていた十四松は限界を迎える。弟松が迎えに行くと、そこには酔い潰れて横たわるダヨーンの姿が。ひょんなことから三人はダヨーンの体内に入ってしまう

・ダヨーンの体内は全員同じ顔をした民族が暮らす国になっていた。弟松はそこで、ダヨーン族の娘と結婚しようとしているチョロ松を発見する

・現実に戻りたくないとごねる兄松。しかしそれを見たダヨーン族の後押しによって、六つ子は揃ってダヨーンの体内から脱出する

 骨組みにまとめるのさえ割と難しいぎゅうぎゅう詰めの話でした。ダヨーンが出てくる回は大体私の思考回路がショート寸前なのですが、今回はちょっと頑張ってみようと思います。何せ考えたいことや気になることが多いから。先に言っておきますが、ダヨーンの体内が国家になっていることに関する考察は一切しません。彼は前々から吸引力の変わらないただ一つのダヨーンであり、吸い込んだものがそのまま体に蓄積されているということが本編で語られますけれど、その辺りに関してはもう「そういうものなんだ」と流しています。いやだって無理くない!?ダヨーンの考察無理くない!?情報がなさすぎる。ちなみにさっきからマイリトルノートパソコンが、体内を胎内と変換するのでちょっと嫌な感じです。カラ松に聖母みを見出してもダヨーンにそれは求めてない。さて、今回のお話。注目するべき点はやはり「六つ子とダヨーン族の対比」と「チョロ松の心情の吐露」だと思います。他にも細かいところをさらっていきつつ、順を追って考えたいです。まずは対比の話から。

 おそ松はダヨーン国家の生活を賛美する際、「何でもあって、誰もニートであることを怒らない」ことを前提条件として述べます。そしてその上で、何故そんな平和な世界を保っていられるのかをこう分析します。「顔も言葉も立場も同じだからこそ、穏やかさと安心感がある」……これ、似たような世界、ありますよね。まんま、六つ子の世界ですよね。全員童貞ニートで一卵性ですよね。条件としてはダヨーン族と全く同じなのに、しかし六つ子には穏やかさも安心感もない。この対比は面白いなと思いました。ダヨーン族は皆良い奴で平和に暮らしているのに、六つ子は灯油一つで争っている。足の引っ張り合いだってするし、兄弟喧嘩もざらです。どうしてだろう。おそ松のこの台詞、六つ子がずっと六人で狭い箱庭の中にうずくまっていれば幸せだとでも言いたげな、そんな闇を感じてしまいます。だって安寧の条件に顔の同一性まで持ち出してくるんですよ。ドッペルゲンガーは三人いるなんて話を聞きますけれど、この世の中に同じ顔の人間なんてそういません。そんな中でおそ松はそれを言った。六つ子なんて五人の敵がいるだけ、一人っ子になりたいと駄々を捏ねていたくせに、一方でおそ松は松代のアダムの代わりでいる生活を求めている。それはニートであることの免罪符(自分一人だけより、兄弟揃っていた方が罪悪感も少ない)なのかしら。私はAパートの感想で六つ子の成長の話をしましたけれど、わざと、おそ松だけは書きませんでした。何故ならあいつだけはそれらしい大人を演じることなく、公式の言う通り「小学六年生メンタルのまま」育ってしまったからです。あるいは、育ってしまったように見せているから。おそ松はこれまでのお話で、駄々を捏ねて子供っぽく振る舞う場面と、長兄らしい思慮深い一面を見せる場面とがありました。でもこれだけ長く続いてきた中で、おそ松の本音が語られたのは2話と18話だけな気がします。それも悩みとか苦しみの吐露ではなく、愚痴。「これが不満なんだけどどうしようもなくてやんなっちゃうわ」これがおそ松の数少ない本音の語り口です。本音と言っても、それは人に聞かせる為に手を入れて繕ったものです。こうやって考えると、ろくずっぽ内面を晒すことなく兄弟間での政権を握り、しかしそれが回帰と成長に伴って失脚し始めているおそ松が、「同じ顔であること」に言及するのは何だか怖いし悲しい。まるで失われた権力を、取り戻したいと縋っているような感じがします。

 そして次の話題に続きますが、それに対してはっきり悩みを打ち明けたのがチョロ松でした。思いの丈を人に言える、自己完結していない感情をぶちまけられるのはそれだけで強みです。弱さの吐露をすることは、存外勇気のいることなわけですし。チョロ松はしきりに帰ろうと説得し結婚に反対するトド松に、とうとう涙ながらに吐き出してしまいます。「ホントは外の世界で就職してちゃんとした人間になりたい。でも何やっても続かないし就活もやってるアピールばっかり。こんなクズな僕はもう、ここでダヨーンになるしかないんだ」ライジングだと馬鹿にされて、散々自分の底の浅さを見せつけられて、きっとチョロ松は傷ついたことでしょう。就職して大人になりたい、でもどうすればいいかわからない、形だけは入ってみるけど続かないし、もういつまでもこんな生活出来ないんだから。だったらいっそ、心優しい化け物の娘と異類婚を果たした方がいい。何かごめんなチョロ松、私ずっとお前にきつく当たってしまっていたよ。お前なりに考えてはいたんだな。これに対してトド松は冷静に「いやダヨーンになるしかないことはない」とフォローを入れますが、チョロ松がこうして兄弟の前で弱音を吐くことが出来たのはすごくよかったと思います。彼が本当に悩んでいることが分かったからには、ライジングだなんて軽々しく言えませんからね……。そしてダヨーン族の娘は、そんな彼らの背を押す為にあえて突き放します。涙ながらに別れを惜しむ一族。ダヨーンの真似をする数字松も可愛かったですね。そして六つ子は舟を漕ぎ、ダヨーンの校門から外の世界へ戻るのでした……全員クソ松、とんだアウトレイジです。船でってところがまたノアの箱舟感あっていいですね。ノアの箱舟だとするとダヨーン族の国は滅ぶことになっちゃいますけど、あそこにいたらチョロ松達に未来がなかった(あるのはただ平穏な停滞だけです。そしてそこでチョロ松はただ諦めたことだけを背負って生きていくことになる)と思うと、あながちそれでも間違っていないのかもしれない。カラ松が異類婚の末に愛の在り方を学んだように、チョロ松もまた異類婚(未遂)を経てきっと何かを学んだんじゃないかなと思います。そしてそれは戻った先の文字通りクソッタレの世界でも、きっと何かの役に立つ。……ていうか24話を見た後だから余計そう思ってしまう。

 話とは何の関係もないですが、下戸のチョロ松とか助ける気ゼロのカラ松とか次男に相談するおそ松とか、異世界を楽しむ弟松とかセクハラする数字松とか、笑いどころも可愛いところも沢山あったお話でした。トド松のツッコミすごく好きだ……

 次回の感想を書くの、めちゃくちゃこわいです。正直ここしばらくのお話は情報過多すぎて書いてるうちに書きたかった別のトピックを忘れるとかしょっちゅうやります。書ききれなかった分とかはまとまったらまた別の機会に書くかもしれません、何を忘れたのかももう忘れてるんですけど!

心から叫んで、そして滅んでいく世界

 やっと原稿の第一段階が終わったのでブログを更新しに参りました。溜めたな~! 『おそ松さん』22話の感想です。

 

【Aパート:希望の星、トド松】

 骨組みは以下の通りになります。

・女友達と合コンを開催することになったトド松。あと一人男性の頭数を揃えねばならない、というところで、兄達がそれに立候補する

・トド松はこの機会に兄五人へ「自分達がヒエラルキーの最下層であること、ゆえにここで足を引っ張りあったところで意味がない」と力説。その上で誰を連れていくか試験が始まり、それぞれ兄達は女の子への立ち振る舞いを見せる

・結果、誰一人として連れて行けないということが判明。悩んだトド松は神の声を聞き、最終的に「一軍」と称した友人を連れて負け戦に臨む

 ここしばらく六つ子がわいわいしている話が続いていてとても嬉しい限りです。最終回が近いからこその収束なのかなと思うと寂しい気持ちにはなりますが、しかし私は元々六つ子が六人でいることに可愛らしさを感じていたので、見ている間はひたすら楽しかったです。

 さて、この話。まずトド松の進歩にとっても驚きました。トド松は3話パチンコ警察や7話スタバァ、21話麻雀からも分かる通り、実はメンタルが弱いということが指摘されています。彼は幸運に手に入れた大金を前に、「友達の家とかネカフェに泊まって、兄達から一晩逃げよう」ということを考えられませんでした。ただそこにうずくまって悩み、結局それを搾取されています。またアルバイト先でも嘘が露見するや否やひたすら防戦一方。一松の恫喝にただ震えるばかりで、最後には辱めを受けても文句の一つも言えません。麻雀はもう言わずもがなですね。あの場においてカラ松(役満上がり縛りをしているだけで実質六つ子内で最も麻雀が強いと思われる男です)は冷静に兄弟のプレイスタイルを観察・分析しており、その結論としてトド松はメンタルが弱いと言われた。つまりあれは真実であると見ていいでしょう。20話スクール松が私の考え通り「社会性ストレスに対する耐性ランキング」であるとするなら、トド松のメンタルが弱いことの裏付けにもなります。そんな彼が、はっきりと態度に出しました。「お前らなんか最初から選択肢に入ってないよ」と。だって耳に入っていないんですもの。喚くおそチョロは可愛かったですね。「お前から思い出してくれないと寂しくて死んじゃう」ですって。可愛いですね。唇尖らせちゃって。何だかんだ似た者同士の速度松が愛おしかったです。しかしトド松は気付かない。ショックでチョロ松は「死ねばいいのよ!」とオネエ口調になり、一松は泡を吹いて倒れました。そして兄に言いました。「僕達は同世代カースト最下層の住人なんだ、その中で唯一、童貞卒業の可能性が少しだけあるのが僕! なのにお前たちはいつも邪魔をする! クズがクズを妬んでどうする!」そしてトド松は続けます。自分達は徒党を組まなければ一生童貞のままだ。自分が卒業した暁には必ず兄を迎えに来るから、引っ張り上げるから、金輪際自分の足を引っ張るなと。私はすごく感動しました。カーストの順位を決めるのに童貞という要素が絡んでくる(=女はステータスを上げるアイテム)というのはまあ、いつものミソジニーのご愛敬だなって感じなのですが、そんなことはどうでもいい。あのメンタルが弱くて、兄の横暴に散々振り回されてきたトド松が、やっとはっきり自分の本心を言った。いやまあ引っ張り上げる云々は嘘かもしれないけれど、はっきりと兄弟に正論を叩きつけることに成功したのです。正しさはそれだけで強い。トド松の強いところは徹底的に自己分析出来ていて、その上で勝ち戦しかやらないという点にあります。兄は末弟の言葉を胸に受け、オーディションに臨むことに。いやまあここも面白かったですね。まとめましょうか。

・ライジング的なことを言いつつも練習では何も言えず、発言を急かされた結果焦ってまた脱糞未遂を繰り返す一松「だってみんないっぱい言うから……俺には俺のペースがあるのに……」

・基本的な挨拶やおべっかは言えるが、すぐさまセックスに持ち込もうとするおそ松「土下座したらヤらせてくれるのが合コンじゃないの!?」

・いつもの通り良く分からない言い回しの末にお勘定を払おうとする、多分ぼったくりバーの経験しかないんだろうカラ松「お会計だろう?」

・やっぱりライジング的発言をしながら女を見下すが、参加者の写メを見るとふらふら釣られてしまうチョロ松「んんん~~♡」

・合コン、という単語を聞いた時からずっと勃起している十四松「タッティ! 参ったね、おさまんない!」

 連れていけるかこんなもん!!! めっちゃ笑いました。やたらカチンコ打つカラ松が可愛かったり(おそ松を止める時に赤面してるのは何でなんですかね。エロ本も見てるだろうに実際に見るのは恥ずかしいか? 幼女か? 孕ます)そのカチンコをカラ松の番の時は一松が打ってたり(クソ松と言いつつ字体真似てるの愛しか感じない)。あと多分、チョロ松を縛り上げてるのもカラ松ですよね? 下で見上げてるのがおそ松・一松・トド松で、十四松はドラム缶に入っていましたから、その死角に入って画面に映ってないカラ松が縄を引っ張ったのでは。兄弟に対してむすっとした顔を向けていたことも見て、この話、トド松だけじゃなくてカラ松も成長してきている気がします。

 さて、その後一人で悩んでいたトド松は、テーマソングの後(本当に意味わからなくて声出して笑いました)神の言葉を聞きます。cv.大塚芳忠さんはずるい! 「兄達に気を遣っているだけ。どうせ一人しか連れていけないのだから、自分の気持ちに素直になりなさい」そして結局、最初に候補として出した友人、あつし君を合コンに連れていくことになります。顔もいいし車も持っている一軍の彼です。女達はすっかりあつし君に夢中で、トド松は「何もなし男」と呼ばれて軽んじられて終わります。どうしてあつし君を選んだんでしょう? 自分が確実に女の子をゲットしたかったなら、自分とは上手く話せなくても普通丸という選択肢があった。ていうかトド松友達多いな。勝ち戦しかしないはずのトド松が、どうして負け戦を選んだんでしょう? それはやはり神の言った、「兄に気を遣っている」が大きいのではないかなと思います。兄弟の誰もが敵わないような相手を連れていくことで、トド松は、兄から「抽選の平等性」を責められることを防いだ。兄弟の誰か一人を選ぶのはもちろん、「二十代でステータスのない」条件には合致する普通丸を連れていくのは揉め事の元です。そいつでいいなら俺だっていいだろ、そう責められることをトド松は忌避した。私はそう思いました。だから負け戦と分かっていても、女の子をゲット出来なくても、トド松はあつし君を選んだのではないでしょうか。ここぞという時、兄はトド松のことを「トッティ」ではなく「トド松」と呼びました。おそ松は「自分達のような兄がいること」を申し訳ないと言いました。その時にトド松は、自分の格を思い知ってしまったのかもしれません。自覚はしていたけれど、自分はこの松の名を冠する六つ子の一人。この散々なクズ達と同じ。だから誰を選んだところで、女の子は自分に引いてしまうかもしれない。そういうやさぐれた諦めの気持ちもあったのかもしれません。トド松が高い社会順応性を誇りながらここぞという時に家を出られないのは、この「兄弟間への強い帰属意識」が弱いメンタルの中に根付いてしまっているからなのでしょう。アダルトチルドレンの役割で彼はプリンスです。家にいれば愛玩される存在です。外で自分がどうすればただ一人に選んでもらえるのか、もしかしたら、分からなくて自信がないのかもしれない。皆に愛される振る舞いが出来るということは、誰か特別な相手を作れないということと同義だと思う。頑張れトッティ! 早くヤッてくれ!

【Bパート:ファイナルシェー】

 骨組みは以下の通りです。

チベットの小国、アカーツカからとある老人が赤塚台にやってきた。彼は武術の達人だが心臓に病を抱え、自分の代わりに国王を決める武術大会に出てくれる手練れを探していた

・そこで出会ったイヤミのシェーを古代から伝わる武術「死影拳」の構えと見た老人。彼はイヤミを国に連れ帰り、大会に出るよう説得。彼の美しい娘、シャオリンに一目惚れしたイヤミは、修行を受けることを承諾

・大会当日。応援席の六つ子からヤジを飛ばされながら戦うイヤミ。しかしかなりの苦戦を強いられる。絶体絶命になったその時、空から現れたダヨーンによってイヤミは心からのシェーを解放。地球は消滅する

 骨組み意味わかんないですね。でもこれ、公式なんですよね。イヤミがメインの話ではありましたが、ちょいちょい出てくる六つ子が可愛かったです。飲み屋で兄弟喧嘩するところとか、老人相手に六人がかりで喧嘩しかけるチンピラ感とか、イヤミの勝負に持ち金(合計320円)を賭けて「負けたら半殺しな」「家燃やすからね」とヤジを飛ばすとか。あげくイヤミの心からのシェーを引き出すために彼の保険証や通帳を引き裂いたり、カラ松はヌード写真集を出してたり、全裸になって煽ったり。これまで兄弟間で何気ない会話をするとか、六人で過ごす日常的なものがあまりなかった(キャラ各々にスポットを当てる回が多かった)イメージなのですが、この辺りになってからそれが増えたなと感じます。私、チョロ松が21話でクズを認めた時、正直心配したんですよね。あの宣言によって彼のツッコミは効力を失ってしまうのではないかしら、話は成立するのかしらと。けれどチョロ松はライジングを持ちネタにして、ツッコミはしつつ六つ子と一緒にボケるようになりました。周りの人間や視聴者をツッコミにすることで、彼らのギャグは成立した。涙が出ました、嬉しくて。チョロ松もまた成長した。かつての六つ子のように、みんなでやる悪さに加わるようになった。何だかここのところ、最終回が近いせいか、キャラそれぞれの変化が「成長」に思えてなりません。

 展開的にはどんどんイヤミが不憫な目に遭っていくのですが、自然とイヤミには良心が痛まない感じあります。それは彼がずっと、それこそ『おそ松くん』の頃から利己的で自己中なヒールキャラとして描かれているからでしょう。今回もシャオリンを手籠めにする下心がありましたからね。まあそのシャオリン、既婚者で子供もいたんですけどね。ていうかシャオリン釘宮さんだし、本当に松は声優さんを豪華に使いますね!? 毎回毎回ゲストが誰なのか、分かる度に面食らいます。シェー。まあそれはそれとして話に戻りますが、イヤミの存在はこの物語で勧善懲悪をやるのにちょうどいいのかもしれない。ここで面白いのは六つ子もまたクズであるということです。イヤミが悪なら六つ子は善に、六つ子が悪ならイヤミが善に見える。その構図がはっきりしているから、とても楽しく話型に当てはめて見られるのかなと思いました。あとラストのファイナルシェー、あれを引き出したのが4話のアバンにあった巨大うんこであること、まさかここで生きてくるとは思いませんでした。伏線なのか!? これは伏線なのか!? 「間に合ったよん」がイケボすぎて興奮しました。さすが飛田さん。

 そういえばAパートは兄弟滅亡エンド、Bパートは地球滅亡エンドでしたね。何だろうこの滅亡揃い。あとエンディングのトド松が相変わらず私の中の夢豚に語り掛けてくるので困りました。

 あと三回で終わりだなんて私まで滅亡しそうです。